第30話 プロトポロス

 弾体が輝きとともに飛翔する。

 反動で砲身は上へ傾くが、モーション効果として予想の範疇であった。

 そして弾体は投球のように、弧を描くや熊の背中を見事穿ち――、



 意識が遠のいた、次の瞬間、対峙するミユキたちの姿があり、自分は撲突や鎖による拘束に肉体を傷つけられ、苦悶して咆哮とともに弾き返す。

 すぐさま、これは獅子頭の意識と自身が同期してしまった幻視であると気づくが、感覚の高ぶりは収まらない。


「うるさい、お前はすでに、俺のものだ」


 自分の胸に手を当てて、押さえつけると、姿は自分のアバターのものへと戻った。

 獅子頭の感情は、潮騒のように徐々に揺らいでいく。

 アスカは白亜の空間、いわば精神世界に、ひとりぽつんと立っている。


「俺の自我は保たれてる――これで調教テイムは、成功したってのか?

 こんな状態は初めてだ……ヤドリギを扱って、こんなに平静としてられるなんて」


 呟いてみたら、身の内から、自分でないものの声が湧いた。


『よもや無生物による、契約紋の媒介拡張を習得するとは。

 もう半年、いいや丸一年は試行錯誤かと想っていたが――プレイヤーというのも、成長するということか』

「おまえ……が」

『そう貴様が侍らせた、プルソンだ。

 私は召喚した相手に、良質な使い魔を齎す機能を持っているが、私自らが侍らされてしまうのは、ちょっと――』

「なんだよ?」

『もうちょっと、遊ばせてほしかった』

「それで何人も殺されてちゃ、こちとらは困るんだよ。

 なんでもいい……それで?

 戻れるよな、これ、流石に」

『アバターの同調率を気にしているなら、気にするだけ無駄だ。次にお前は普通に目覚める、あの世界に戻っている。

 お前の仲間たちとともに――私を使役して』

「やはりいろいろ知ってるのかな、あとでじっくり聞かせてもらいたいもんだよ。

 このクソゲーのこととか、なんであの世界には、お前みたいな自我を持った存在が頻出しているのかとか」

『我々には禁則事項が多い、話せることなど、限られているが?』

「どのみち……お前の柱を止めなきゃならない。

 お前が侍った状態だと、あれはどうなる」


 目下最大の懸念だった。



 獅子頭を攻撃していると、軍団の二体ほどが、こちらへ舞い戻って攻撃してきた。

 熊と本体を守るために、だろう。

 やはり、時間がない。

 ネーネリアの鎖技は未完成のため、獅子頭の表面をひっかいては壊される繰り返しだが、そのたびあちらの動きも鈍るので、ミユキたちの反撃するタイミングをきっちり作っている。

 だがあるタイミングで、獅子頭のみ急に動きが止まった。

 それは口を開き、


「――やめろ、私の負けだ」


 初めて、人語を介する。

 ミユキたちの動きも止まり、三人は――アスカの成功を確信し、勝鬨をあげた。



 今回のミッションを請け負ったことで、ギルドからの外注依頼が計百回を超えたらしい。アスカの三次職に特殊な変化が現れた。


百錬傭兵ハンドレッド・マーセナリー


 という、名前ばっかりな称号が追加されているではないか。

 プルソンの柱はアスカが本体を使役するようになった時点で消失し、吐き出した異形たちは統制を失い、蜘蛛の子を散らすように拡散しだした。

 が――直後渓谷へ舞い戻ったアスカと、従えたかつての主君によって、次々と殴殺されていく。

 村落を守ろうと集ったプレイヤーらは、緊張こそほどかないが、ようやく一息つけるかと、ほっと胸をなでおろす。


「やったわね、アスカ君」

「――えぇ、おかげさまで」


 マリエと再会すると、彼は事務的に続ける。


「プルソンの軍団に村を襲わせる、タカ派の目論見は潰せましたね。……ま、これだけ派手にやったら、あとが怖いんですが」

「ほんと、プレイヤー間抗争なんてまっぴらね。

 どうして私たち、信じあうのがこんなに難しくなったかな」

「嘆いてても、仕方ありません。

 素材の回収は最小限に、アガレスの柱はすでに消失したようです。タカ派が戻ってくる前に、俺たちは撤収しましょう。

 絶対揉めます」

「ねぇ」


 マリエは肩をすくめ、彼の後ろを顎で示す。


「待ってるわよ」


 振り返ると、カレンがいた。

 アスカは、静かに歩み寄る。


「なんとか……無事だった。

 なにも失ってない」

「――、わかるよ。

 アスカのそんなうれしそうな顔、久々だもん」


 この瞬間だけは、誰にも邪魔されたくなくて。

 アスカは彼女を、正面から抱き寄せる。



 これは主従の物語だ。隷属と支配の話でもある。

 ひとりの少女には、辛く厳しい失恋でもあり――。


「ミユキ」


 久々に兄の声で名前を呼ばれて、はっとなる。

 ……この半年、もう二度と聞くこともできないと、諦めかかっていた声。アバターだとわかっていても、その姿を見つけると、その胸へ飛びついて、すすり泣きだすしかなかった。

 一通り泣きじゃくってから、目を真っ赤に腫らして、兄の顔を見上げると、穏やかな笑みを浮かべている。


「……お前は、自分の気持ちと向き合った。

 逃げなかったんだ、偉いよ。

 立派になった。よく、頑張ったな」


 今は素直に、頭をなでられておく。

 この人との間にも、いろいろあったが――このひとも、兄であることをやめられない人なのだと、私は知っている。

 今は甘やかしてもらおう、すっきり泣いてから……仲間たちと主従の、新しい時間を始めよう。



 ネーネリアとピシカが、ミユキに詰め寄る。


「ギルドの名前、どうするんですかね?」

「そうだねぇ……」


 オルタナというやつの好奇心の強さには、時折辟易する。

 マフラーの位置を直しながら、ミユキは主人が工房へ戻るのを待った。キノとカリン、そしてアキトもいる。


「にしても――」


 カレンは机に肘をついて、新たな仲間を眺めている。


「こんなのが、悪魔?

 無駄に威厳があるというか……」


 獅子頭はどっから持ってきたのか、紳士的な燕尾服を着用して、テーブルで優雅に紅茶などあおっていた。


「服か? 変化でなんとでもなるぞ、こんなもの。

 なんなら脱いでやろうか?」

「「「「「脱ぐな」」」」」「裸族かよ……」


 女子一同とキノから総スカン喰らいながらも、態度は悠然としている。離れたところでアキトのみ、せき込むように腹を抱えて笑っていた。変な奴だが、アスカに侍らされている以上、悪さはしないだろうというのが、大方の見立てだ。


「ギルドネスト、言い出した手前、ここにしてるけど――もっと広いとこにした方がよくない?

 私のプライベートスペースがなくなる……」

「愛の巣、ではなくて?」

「ネーネリア、やめろ」

「んーどこでそんな言葉覚えてきちゃうかな、ネーネちゃんは?」


 とんだネタをぶっこむネーネリアを、ミユキは制するがもう遅い。カレンの顔が照れと怒りで引き攣っている。

 そんなところで、アスカが戻ってきた。


「なに、この気ぜわしい。

 ……まぁいいや。

 ギルドの名前、こういうのはどうかなって考えてはみたよ」


 一同、アスカに向いて熱いまなざしだ。

 これで変なものは出せないなと、緊張してしまうが、さっさと言ってしまおう。彼は軽く、息を吸った。


「『プロトポロス』、ギリシャ語で、開拓者とか先駆者あたりの意味らしい。

 俺たちが世界の攻略、その先を行く。

 なんてのは――どう、かな?」

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