第27話 世界を侍らせる

「プルソンの率いる、22の軍団か」


 その侍らせる団には、天使の出自のもいると聞く。

 軍団を災鴉でまともに相手しようとしたら、アスカの身がもつまい。


「できれば村落を壊させたくなかったんだが――後退してくれ、みんな。

 俺はカドクラの結界から、まだ動くことができない。

 付き合って死ぬ道理はないだろう」


 ついに100メートルほど先から土煙が上がり、黒く染まった異形の群れが地表を散見された。


「……聞いてる?」


 一同、あれだけの高レベル軍団を前にして、目を爛々と輝かせている。

 向かうアスカの周囲に、横列をなした。


「ばか――なに考えて」

「俺たち全員で生き残るんですよ。

 あんたも含めて……そんなことも言わなければ、わかりませんか?」


 彼の左右は、ミユキとキノが取る。


「封印のデバフはあなたと災鴉のみです。

 デバフはすぐにいかずとも、そろそろ行動は回復しますよね。

 封印が外れるまでぐらいは、持ちこたえて見せますよ。

 ……でなくて、なんのために戻ってきたんだか」

「じゃあひとつだけ。

 軍団相手に迎え撃とうとか、勝ちを取りに行くのは捨てろ。

 執着が、お前を殺すことになる」

「自分のレベルぐらい、わきまえてるつもりです。

 俺には死ねない、理由がありますので」

「よく――吠えた」


 アスカはあきれ混じりに感嘆した。


「ここにいる、バカ八人」


 アスカ、ミユキ、キノ、カリン、カレン、アキト――そしてキノと同時に現着していた、ネーネリアとピシカ。


「撤退戦だ。地獄に付き合ってもらうぞ」

「――負け戦にするには、まだ惜しいんじゃない?」

「!」


 聞き覚えのある声が、背後からした。


「マリエさん……『ヘリオポリス』の部隊が、どうして!

 それに、マスケットさん――あんたも」


 マスケットは威勢よく大口径にして長身の銃を担いで笑っている。


「私が来るとは思わなかったらしいな。

 いずれにせよ『アーキヴァスタネガシマ』は君個人に恩がある。今回は使いつぶされてやろう」


 こちらの手勢はけして多くはないが、ギルドマスター自らがはせ参じたことには、とても心強い。


「私の旗下から精鋭をかき集めて先行させたけど、なんとか間に合ったようね。

 案の定、タカ派どもは亜人を根絶やしにする気だったか。

 連中、すでにアガレスとの交戦に入ったそうよ。

 こっちがなにをしようと、今さら邪魔は入らない。

 アスカくん、黄道級の封印術を?

 占星術師、彼の封印解除を手伝って!」


 マリエの部下は頷くと、封印の緩和を模索するカリンの隣へ駆けつける。


「ごめんなさい。

 私に力があれば、お手を煩わせないのに」


 カリンの謝罪に、占星術師は首を横に振った。


「きみが最初にいてくれたおかげで、こんなにもスムーズに解術に移れている。私たちは、彼を失うわけにはいかないんだ。ありがとう――君たちの稼いだ時間が、私たちの生への希望だ」

「!」


 アスカは、マリエになにか考えがあることはすぐに察する。


「デバフかかった俺に、プレイヤーへ危険を強いてまで支援して――この上、なにをお望みでしょう?」

「アスカ君。

 ソロモン級プルソンの本体を、あなたが見つける。

 それしかこの状況を打開する手段はない」

「見つけたところで、倒せない」

「倒す必要はない。

 ヤドリギを使って、あれを侍らせて」


 カレンが飛び出してきた。


「マリエさん!」

「えぇあれを討伐に扱うと、狩った個体の情報があなたに流れ込むことは知っている。

 でも――倒せなかった、倒さなかったら?

 ヤドリギの行使に、失敗ってあるのかしら。

 自らより強大な獣を喰らって、代償だけ支払わされてやるつもり、ないんでしょう」

「――」


 アスカはそれを聞くと、顎に指をあてて、思案顔になる。


「これまであなたは、レイド対象を強引に刈り取ってきた。

 そんなにまでして、一人ですべて抱え込まなくていい。

 きみは世界に振り回される側じゃない、いつだって、侍らせる側だと、私は想ってる」

「そいつは……買い被りですね」

「無論、強要はできない。

 あなたの代償を知っていて――あなたに夢を見てしまう私を、許さなくていい」

「ひどい、殺し文句だな。

 褒め殺されるの、悪い気はしないんですが」


 アスカは、なにか言いたげなカレンを見る。


「生きていたい理由が、最近できたんです。

 自分が傷つきたくない、報われたい理由、というか――でもそれは、守りたいひとがいるから。自分を引き換えにしてまでも……本末転倒でしょうかね」

「そう。ふられちゃったか」

「案には乗りますよ」

「アスカ!?」


 カレンに近寄ると、彼は彼女の手を握った。


「この前も言ったろう。まだヤドリギに、飲み込まれてやるつもりはない――それにマリエさんの案は、たぶん

「自分を代償にすることが?」

「いいや。俺たちは、世界を侍らせる側だって話」

「――」

「欠片ほどだけど、勝ち筋が見えた」

「考え方、変えただけで、材料はなにも」

「そうだな。

 そして前向きなのは、いいことだよ。

 カレン」

「!」


 アスカの瞳に、とうの昔に枯れていた悪戯っぽい色が久々に浮かんでいる。彼女は震える声で聞いた。


「本気?」

「材料は変わらない――だが忘れていたものを、掘り起こせそうだ。

 試したかったシステムがある。

 調律士としてのきみの力が、いま欲しい。

 手伝ってくれるか」

「断らせる気、ないくせに。

 生きて戻ってこなきゃ、許さない」

「そっか。

 きみに許されないのは、……怖いかな」



 アスカは参集した味方らに、方針を伝える。

 迎撃はすでに始まっていた。

 封印の拘束は解けるも、デバフは依然として続いており、今の彼のステータスは、レベル60前後のプレイヤーのほぼそれに近しい。それでも無生物を使役できるだけマシなものだ。


「本体を捜す。あと人為的な召喚を受けているなら、できれば印章も捜さなきゃならない。

 プルソンはアービターが、アガレスの発現を契機に誘発したものだ。

 おそらく龍脈の付近に、羊皮紙か金属のオブジェクトあたりに刻んだ、悪魔学の印章がある。

 おそらく印章そのものも、移動しているはずだ。

 本体は、その近くに必ずいる」

「だったら、あの林のとこ――光ってるのが、それじゃありません?

 ただの松明には見えないし、悪魔学知りませんけど」

「千里眼のスキル、誰か持ってます?」


 迫る部隊の後方、確かに不自然な煌めきが地表に見える。


「私が見よう。座標はきみとリアルタイムで共有する」


 マスケットが名乗り出た。スナイパーは目がいいのが命だから、自然じゃある。


「ありがとうございます。

 ――エレキビッツにも確認させよう」


 こちらも二体の端末を飛ばす。カドクラの封印時は近くに潜ませていたので、こいつらはデバフの干渉を免れている。

 哀れなのは、災鴉だ。


「飛べない鴉なんぞ、焼き鳥にしてやりたいところだが……お前、金属食えないんだよな。

 纒」


 仕方なく、纒として右腕に装着する。

 鋭角的なフォルムの、爪と咢が、腕の先に――それから羽も肘先に飛び出るが、火花と放電を散らし、自身の不調を訴えていた。


「高速飛翔能力を削られたのは手痛いな。

 こっから軍団突っ切っていかなきゃってときに」

「なるようになろう。

 俺とミユキで、お前がプルソンの印章にたどり着くまでをサポートしよう。精霊級、俺のは周辺領域の磁場を変更する能力を持っている。

 渓谷内で、柱と軍団を分断し、こっちが一方的に攻撃できるように地形を整え、きみが印章にたどり着けるルートを形成する。あとはミユキが斥候をしつつ、きみを現場へ連れていく」

「……精霊級、なんでそんなやたらとハイスペックなの?

 ぽっと出のくせして」

「世界を司る、五つの元素うち一角だしな」

「もう世界観がキメラ――えぇ、大いに助かりますよ!」


 そして軍団の背後から、いよいよ柱が現出する。

 それは幾重もの歯車と魔法の産物であると、自己を主張するよう、蛍光していた。

 あんなのが後続にも、もう一本あるというのだから、まったく始末に負えない。


「皆さんご存じでしょう。

 ソロモン級の柱は、軍団の個体が死ぬと、そのたびHP《ホットポイント》の全回復を、付与術式として個体周辺で自動的に展開します。

 アイテムや素材を回収するなら盗賊シーフや、それに類する掠め取る技量がいる――そも、あれらから逃げ延びること自体、プレイヤーですら至難の業です。

 ただし、個体ごとのMP《マジックポイント》はけして多くありません。最初のうち、相手の射程内に攻撃対象となる使役モンスターを囮に走らせれば、勝手に補足して殲滅用の大技を連発する9、10回くらい無駄撃ちさせれば、あとは“消滅できる”まで削り放題です……個体ごとなら、というかっこつきですが。

 軍団間の一番面倒な連携を、ここにいるアキトさんの精霊級が分断してくれているうち、皆さんは狩ってください。

 加えて今回、アキトさんの言うには精霊級の権能によって、全回復の付与術式を、磁場の力場やオブジェクトで妨害することも可能だそうです。

 各ギルドやパーティは、個体の攻撃順序を決めて、適宜彼の支援を仰いでください。

 気を引き締めていきましょう!」


 むしろここまで舞台をアキトが整えて、野暮な死に方をするプレイヤーなんて出られても、正直困るところだ。

 アスカの尊大な言い回しにも、一同は頷いた。

 各自がすべきことは、はっきりしている。


「アスカさん、俺たちも」

「あぁ、狩りに参加しておけ。

 ここまでお膳立てされてるんだ、間抜けた死に方したら、俺がお前ら殺し直す」

「無茶苦茶だ――えぇ、ここまで来たんですからね」


 キノもクロロスの性能を、いくらか試したがっている。

 彼とカリンは、ヘリオポリスのパーティたちに任せた。


「お願いします」

「おふたりは必ずお守りしましょう」


 アスカは先ほどの占星術師に頭を下げる。


「デバフのほうは、解術まで時間がまだかかりますか」

「動けるようなっただけマシです。

 ヘマをしたのは、俺の方ですから――お手間とらせて」

「いいえ。マリエさんは、あなたに期待していますし、協力できて、いま本当に楽しいですよ」

「そう言っていただけると、本当にありがたい」


 そしてアスカは、カレンのところへ向かう。

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