第26話 意趣返し

 両者つかみ合いになって、互いを突き飛ばす。


「なんなんだよあんた一体!?」

「お前にとって、ミユキとは何だっ!

 なぜ侍らせた!?

 そうなったのは、そうなる必然があったはずだろうが!」

「今さら兄貴面か!」

「そうしろと言って、訪ねてきたろうが!」

「こんなときに本気にされるとはな!?」


 そう、エピタフのピラミッドへ再び足を運んで、支援を仰いだ。


 ――あの子の兄として、微塵でも責任を感じるなら、今からでも遅くない。あの子を守る、手伝いをしてほしい。


 ……綺麗ごとを言った先だっての自分こそ、いよいよタコ殴りにしたくなってきたぞ、おい。

 どのみち、このままだと数分でプルソンの柱が出すモンスターどもに接触する。

 村の避難誘導は問題ないようだが、できればここでとどめておきたかった。

 デバフはしばらく解けそうにない。しんどい。



 マルチネスとの交渉後――アスカ達が、初めてミユキと出会った頃のこと。


「放っておけないなら、ペナルティを用意すべきだ。

 これ以上、彼女がプレイヤーに危害を及ぼさない保証がない」


 アスカは親友を前に、そんな進言をした。


「俺はそんな奴、捨ててけと言ってる」

「ひどいこと言うんだな、アスカちゃんは。

 本気じゃないくせにー」

「茶化しても無駄だ、早く決めろ。

 捨てるか、連れていって“どうしたい”のか」

「……わかった、ちょっと考える。

 二分だけくれ」


 アスカはキューリの言葉に、眉間を抑える。

 それから脇目で、ずっとふさぎ込んでいる少女を見た。

 時々うわごとのように、助けてお兄ちゃん、などと呟いているが、もろに聞こえているのが悲壮だ。

 自分はこの女が、心底苛立たしい。なにかを自分で決断することをしないから。人に流され、結果こんなところで、膝を抱えている。


「アスカの契約紋、チュートリアルのまま、まだモンスターと契約はしてないよな」

「それが?」

「彼女に使ってみてくれよ」

「鬼か」


 ペナルティを最初に言い出したのはアスカだが、実際に調教テイムを提案したのはキューリだ。

 あいつは単にお調子者なだけでなく、禁忌をすすんで冒したがる悪癖があった。


「ペナルティを言い出したのはアスカじゃん」

「人間をテイムなんて、そんなシステムあるわけない」

「どうせできるわけないなら、ダメ元で、な?」

「……ちゃっちゃとやればいいじゃないですか」


 そんな投げやりな一言が、癇に障る。

 だから契約紋を、彼女の頭に翳すのだった。

 以来、アスカの契約紋には、上位調教の契約しか入れていない。ほかの獣を入れたい余地がない、彼女を獣と同列に貶めることはできないと思った。



「どいつもこいつも――俺が好きで女を侍らせたとか言いやがる。

 ……っふざけるのも大概にしろッ!

 俺はいつも、あんたの妹なんて嫌いだった!

 大嫌いだったに決まってるだろうが!

 自分でなにも決められない、決めようともしない!

 そのくせキューリの馬鹿は、いつもこいつを甘やかして!

 自分が言い出したことのくせに、なんの責任も取らずに、俺にそのバカ女押し付けて勝手に死んで!

 どこまで俺をお前らは振り回せば気が済むんだいい加減にしろ!」


 次に殴られたとき、アスカは頬で拳を受け、濁った瞳でアキトを睨み返す。アキトの動きが止まった。


「ミユキはバカじゃねえよ。

 それでこれは、いったいなんの悪ふざけだ」


 彼に掠れる声で問われ、アスカは哀しげになる。


「システムで侍らせたこと、責任はあるだろうね。

 それで、なんだよ。

 もう俺を……楽にしてくれない?」


 アスカはミユキに向けて、そう言った。

 それからまた、何度目かアキトを突き放し、互いが拳を固めて対峙すれば――、

 ミユキが割って入り、グルカナイフで交錯する二人の腕を刈り取っていった。

 地面に落ちたアスカの腕を拾い上げ、


「ぁ゛」


 アキトの腕を踏んでいる。

 そんな彼女に、アスカは言う。


「今なら俺の腕ごと、契約を奪えるかもな」


 ミユキは首を横に振った。


「捨てられるわけない。

 私が負担なら、いつだってそう言ってくれりゃよかったじゃないですか」

「俺は、言わなかった?」


 彼女はまたも首を横に振る。


「私は誓いを果たせてない。

 キューリさんを取り戻すって、そのための剣になるって!」

「……んなもの、今更。

 本気でキューリが生き返るとか、考えてる?」

「それは」


 物音がして、皆が振り向くとキノがいた。


「……、やっぱり、無理なんですか。

 死んだ人間を取り戻すなんて、あれだけ人に発破かけておいて」


 アスカは結界越しに、彼をじっと見る。


「正確には『わからない』。

 俺達にはこの仮想ゲームの世界を、外側から観測することはできない。肉体と意識のどちらが先かは知らん、ゲームオーバーした先で現実の身体がどうなるか、誰も確たることはわからないよ。

 ……見込みのない救済に、きみは何処までペイできる?」

「星辰の契約紋は、どうなんです」

「それは世界の支配権だ。

 別段それが命を再生させるという話は聞かない、見込み薄だな」

「可能性は、ゼロではないんですね」


 代わりにアキトが答えた。


「そういう見方もできるという話かな。

 賢明かは、知らんが――選ぶのは君たち自身だ。

 失ったものを数えるだけで、君たちが物足りるとは思えないが」


 キノが、アスカへ向けて歩み寄る。


「俺は……手に入れた力を、今は少しだけ納得できた気がします。認めていい気がしたんだ。

 苦しいこと、辛いこと、許せないこともありますけど、ここまで足掻いてきた時間がいきなりなくなっても、困ります。生き残ったことを、自分に価値があるんだと信じたいんですよ。

 だからアスカさん――そんな草臥れた顔されると、困ります。

 アスカさんたちがなにを味わってきたか、わからない俺が言うのは、違うかもしれないですけど。顔を上げてください。

 あなたにはまだできることが、やるべきことが、残っているんじゃないですか?」


 アスカは呆然と宙を向く。

 獣たちの足音が、地響きと共に迫る。


「ミユキ。

 ……まだ俺に、扱き使われたいか」

「使ってくれなきゃ、怒ります」

「怒るの、もっと違うとこだろ」


 アスカは言ってから、軽く吹き出した。


「あーあ。

 やっぱり俺、お前を異性としては見ないな。

 俺とお前と、感性が全然他人なんだって感じちゃうもん。

 お前に魅力がない、とかいう話じゃないよ。

 お前はいま、大いに魅力的な女だよ――逞しくて、お前は自分の生きることに、お前自身が想ってる以上に貪欲なんだ。

 ……ずっとお前のこと嫌いだったけど、キューリがいなくなったあの日、お前が剣になると誓ってくれたあの時、普通に感動した、ウルッときたというか。お前は自分から強くなることを選んだよ。

 尊敬する。ありがとう、強くなってくれて。

 誰かのために強くなりたい、そんなありきたりの願いを、おかげで恥ずかしがらなくなったから」


 そう言って、右腕の付け根を前へ突き出す。

 アスカの左手に、彼女は付け根の向こう側を渡した。素直に付け根同士に合わせればいいものを、彼女の意趣返しらしい。仕方ない。


「ごめん。わりといつも、馬鹿にしてた」

「知ってます。

 器用じゃないですもん、アスカさん」

「……だな」

「もっと私をバカにしててくださいよ。

 必要だって、かけがえのないって、言ってくださいよ」

「それはないわ。しんどいことのが多かったし」


 ながらく連れ添ってきた主従というのに、アスカはどこまでも、ミユキを甘やかさない。

 アスカにミユキは、『仲間であって、身内ではありえない他人』、にしかなりえなかった。

 契約紋という物理的な繋がりに、爛れることはしない。


「ありがとうございます。

 私を守ってくれて――それとごめんなさい。

 手を汚させるばかりで」

「そんなこと、考えてたの。

 後者は今回で初めて聞いた」

「そうでしたか?」

「そうだよ……言ってくれなきゃわかんないことばっかだな」


 そろそろアキトも、踏まれた腕を返してほしい。

 まごついていると、ミユキが言った。


「返してほしいなら、条件があります」

「条件?」

「アスカさんと――私たちが作るギルドに、来てください。

 あなたの力が、私たちには必要です。

 兄さん」

「それ、また初耳なんだけど」


 当のアスカが唖然としていると、ミユキが彼に向いて笑った。


「カレンと、私は――あなたがギルマスなら、どこまでもついていける。

 最初に聞いたとき、いいなって、思ったんです」

「いいだろう。面白くなりそうじゃん」


 アキトは乗り気だった。

 勝手に持ち上げられているアスカは、一同のツッコミ待ちだったが――みな、異論がない、だと?


「アスカさん。ギルドの名前、考えておいてくださいね。

 ここを越えたら、そのときに」

「お前ら……ほんと俺を楽にしてくれないね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る