第5話 始末屋

「纒」


 アスカが自身のそれを披露する。


「十二支族と、それに当該しないモンスターが複数ある。

 半固形スライム種や植物系はその最たるものらだが――ユニスライム」


 彼は半透質クリアな刀身をした、螺旋剣を握った。


「あんたの余罪を思い出しちゃったな。

 なぁ、このゲームで最初に『解体』スキルを人に向けて使ったの、あんたは誰だか知っているよな?

 俺もここまで悪用というか、濫用されるとは思わなかったよ。……仕方ないよね、そういうツールがあって、運営でもない俺たちプレイヤー側は、ゲームバランスの調整や治安について、すべてを知覚できない。

 俺たちはこの世界に、閉じ込められてしまったんだから」


 アスカは蹲る男の四肢を順にそぎ落としていく。

 喉からくぐもった音が出るが、叫びに至らず、男は震えて失禁まで始めた。この世界で排泄など、基本的にしなくていい身体であるにも関わらず、演出としては体液のついているのだから、悪趣味な話だ。


「俺はあんたを裁かない。

 始末するだけだ。他人様の憂さ晴らしまで代弁しない。執行者でも仕置き人でもないと言っている。

 けどまぁ、あんたを見てると想うよ。

 俺もあんたも、こんなくだらない力に溺れてる。

 力も自由も失ったとき、代償を支払わされるんだな」


 螺旋剣を解除し、代わりに新たな纒を召喚する。

 右手には黒い三脚、それに接いだような爪と羽が現れる。それはあからさまに機械仕掛けの災鴉の意匠だった。


「――」


 この男がカレンを傷つけようとしていたというのなら、今こそ禍根を断つために、殺してしまおうか。今まで対峙してきたプレイヤーキラーらへそうしてきたように、アスカならそれができる力を担っている。


「アスカさん、待ってください!」

「!」



 肩息つかせるネーネリアの言葉に、アスカは手を止める。


「……なんのつもりだ。

 まさか殺すなとか、言うの」

「その……そうです!」


 この殺伐とした場に、抗議を持って現れた以上、相応の意義が求められる。


「君は野郎が何をしたか、知っているのか」

「いいえ。ただ」

「?」


 私の旅の切っ掛け。冒険者としての原点。

 あの日に観たもの。

 天から遣わされた裁きの使徒を、黒く染め上げ、隷属せしめた、それが始末屋のアスカだと。

 ――私が追い求めてきた人。


「ひどいやつと言うなら、死ぬよりひどい目に遭わせるべきじゃないですか」

「!?」


 アンガーは、四肢の途切れた状態で、ぎょっとなって悶えだす。相変わらず顎は、最初にアスカが顎へ打ち込んだ暗器に塞がっていて、ひどく猥褻な音を立てる。

 アスカは微笑んだ。


「なるほど。君はミユキより、空気が読めるやつなんだな」

「しれっとダシにされた!?」


 ミユキも木陰から追いついてきた。

 ふたりとも、途中で交戦に気づき、走ってきたらしい。


「ありがとう、おかげでこっちの腹も決まった」


 アスカはアンガーへ向き直って、見下ろす。

 顎の杭を、いい加減引き抜いてやった。

 もはや相手は、抗議する気力も損なっている。


「仕置き人でも正義の味方でもない。

 始末屋ってのは、人を殺せるから始末屋足りえるんじゃない。お前みたいなのを再起できなくすればいいんだから」

「なにを、するつもりだ?」


 アスカは滔々と語り続けた。


「無生物の機甲鴉カラミティ・レイヴンは、対人戦闘用プレイヤーキルに特化した固有スキルをいくつか有している。

 なかでも『ステータス略取』という文字通りのものがあってね。

 これの効果は永続的に作用する。

 一度奪われたら、取り戻すことはできない」

「ま、待ってくれ」

「命を吸われるよりはマシじゃないの」

「ふざけ……るん――」


 アスカは抗議を待たず、もう一度アンガーの顎へ杭を打ち入れ直す。

 悶える男の上に、鴉の爪を突き立てた。


「略取する対象が、自分のステータスより高い、もしくは特定のレベル以上になると、ステータスの変換値が最低三分の一までに落ち込む。……なるほど、あんたは確かに『強かった』よ」



 アスカのレベルが92から95へと昇格する。

 レベル90台のレベル値は、まっとうに稼ごうとするとレイド級と渡り合う日々を繰り返さざるをえないので、おかげで多少なりのショートカットになった。

 岩竜にヤドリギを使ったことで、ステータスの強化上限も潤沢だったが、経験値は高位のプレイヤーから略取したほうが「楽ではある」ものの、倫理的にも、安定したやり方でもない。アスカが本格的にシリアルキラーや殺人を趣味にしているなら、それを恒常化させかねないが、そのうち後ろから刺される危険がいや増すことになるだろう。


「通常、モンスターから経験値を獲得するには、レベル40前後の段階からは結晶化クリスタライズと呼ばれる加工精錬技術が必要になるんだ。

 これは各種攻撃に効果として付与できる、ただしこれを恒常的に使用するために少量、契約紋の枝にコスト消費がかかる。正直、変換をひと手間難しくすることで、プレイヤーの強化を一定以上で妨害しているとしか考えられない。

 十二支族のモンスターや、この世界の人間非戦闘員のほとんどが、レベル40や高くて50程度で高止まりしてしまう要因でもある。君もそうだろう?」


 ネーネリアは頷いた。


「はい――プレイヤーさんは、一体どれだけの時間と手間をかけて、私たちの倍以上の数値のレベルに行きついてるのか、皆目見当もついてませんでした。そんなやり方があったんですね」


 魔獣のテリトリーに、ステータスを吸いつくされてモンスターの使役すらできぬ、最低のレベル5となったアンガーを、麻袋詰めにして地表へと埋めてきた。無論、作業はアスカひとりで全般やったが。本人は、自分の四肢のありかも探れない。

 ……これで生き残れれば大層な悪運だが、あそこはトラップもあり、土地に縛られた非実体モンスターの多いことで、周回効率も悪いと見切りをつけられた場所で、ようは時間をかけて苦痛を味わいながら、死亡は確定しているようなものだ。レベル低下に伴い、特殊な防御効果類も剥奪されている。

 殺しはしないが、ほぼ見殺し。

 それから三時間おきに様子を見に行ったら、胴を入れていた麻袋が、野犬かなにかに食いちぎられて、着ていた下着の切れ端だけだった。

 位置を動かなかった右腕の麻袋の中が、空になっていたので、まず持ってこの世界から消失ロストしたと考えうる。

 のち、ミラージュ・ウロボロスのみは、ミユキに回収と再契約させた。


「確かに、強力なモンスターですけど。

 追い剥ぎみたいで、気分よろしくありませんね……」


 実質は追い剥ぎというより、わりに強盗殺人に近しい。

 まぁ相手がとんでもないブラックリスト入り腐れ外道じゃあったものの。

 この蛇が扱う毒は、基本的に致死性だ。

 ゆえにアンガーが犯罪的行為に使用する際は、蛇から吐かせた毒を、自身の技量で改造していたことになる。

 だからひとまず、ウロボロスそのものに罪はない……と願おう。


「なんか、あっという間だね」


 カレンは、久々にミユキが来てくれたことを本当に喜んでいる。


「日を跨いだら、本当に連れてきてくれたんだ。

 ……まさかあれが、ガチなブラックリストのプレイヤーだったとは。アスカ、それからどうしたの?」

「後腐れのないようにした。

 これから別件の確認がてら、ヘリオポリスのギルドネストへ、報告に行くつもりだ。

 マリエさんは頭を抱えるだろうな、だが気づく前に、損切りしていたとは――あの男、ほかになにをやってた?

 君への迷惑行為ストーキングだけでも、除名にはなろうけど」

「あぁ、それは。ギルドが管理してたものを横領したらしいの、薬品の素材だったかな」

「……とにかく、カレンに何事もないでくれれば、俺はそれに越したことないよ」

「――」


 カレンはそれを聞くと、顔を赤らめて俯く。

 それから唐突に、彼の腕へ飛びついた。

 泣いている。


「おいおい……?」

「おかしいな――泣くつもり、なかったのに。

 甘えるなんて、はしたない、の……に……」


 水瀬は彼女の頭に、手を置いた。


「怖かった、怖かったよ……ごめんなさい……」

「大丈夫。俺たちがついてる、ミユキも、ネーネリアもみんないる」

「うん……ありがとう、ありがとうね、アスカ」


 つらい思いをしていたとして、察することしかできないが。そういう不安な出来事が、急に終わりを告げたからと、すぐさまこれで安心、とはならないのだろう。


「今日、私もついていく」


 案内にヘリオポリスとの親交がある彼女がついてくれるのは心強い。すると交渉も円滑に進むはずだ。

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