第2話 ネギトロ、納豆、味海苔巻きにて。 2

 パックに直接醤油、わさび、ネギを投下されたピンク色のペースト、ネギトロを……おもむろにかき混ぜる! それはもう丹念に混ぜるね! 一切のムラを徹底的に殲滅する!

 ピンク色からばっちり褐色キャラのお肌くらいの色合いになったところで同じスーパーから買ってきたプライベートブランドの缶チューハイのプルタブを開ける。

 今のご時世プライベートブランドのお酒はスーパーでもコンビニでもそれぞれ出していてどれもお買い得が売りだ。つまり身も蓋もないことを敢えて言うなら質は低い。体質に合わないヤツを引いたりすると一缶で悪酔いして二日酔いなんてこともあり得る。実際あったし。

 しかしこいつはあたしが文字通り身体を張って徹底的に調査したあたしにとっての最適解。これなら十本だって吞める。……時間が許して明日死んでても大丈夫なら。


「いっただっきまぁす」


 あたしは缶チューハイとよく練られたネギトロに手を合わせる。いただきますは大事。古い事を記してある書物にも書いてある。

 褐色肌のように練られたネギトロを頬張ると、口いっぱいに形容しがたい味が広がる。こう、この味マグロって言われても、例えばマグロの切り身と味違い過ぎない?ネットリ感も双方にあるとはいえ方向性が違い過ぎる。そこに混然一体とした塩分と薬味がもはや原型を留めない情報を味覚に訴えてくる。

 だ、が。

 それが、んー、ンまい!なんて言えばいいのかはよくわからないけどとにかく美味しい。美味しいことはいいことだ。

 そこに甘さ控えめなレモンの缶チューハイを流し込む。ネットリとした旨味が満ちた口のなかを洗い流すと次のひと口が欲しくなる。このままネギトロ! チューハイ! ネギトロ! チューハイ! と無限に繰り返したいところだけど三度で手を止めてぐっと我慢する。


 これはまだ作戦の第一段階に過ぎない。


 あたしはふたつめのパックへと手を伸ばした。上から見ると正方形、横から見ると台形をした白いパック。ふたを開くと独特の香りが広がるネバついた茶色い豆。


 そう、納豆です。


 付属のタレとカラシを入れて箸を突き立てるとネギトロ以上に丹念に、そして熱心に混ぜ合わせる。納豆に妥協は許されない。混ぜれば混ぜるほどに美味しさが増す魔性の食材。それが納豆。

 とはいえいつまでも混ぜているわけにはいかない。エリちゃんが来るであろう時間は刻一刻と迫っているし、それ以上にあたしの口は次のアテを欲している。

 妥協は大事だ。手札の価値を最大限高めるための妥協に妥協はない。

 ほどよく練り上げられた納豆をまずは直接ひと口。独特の風味と苦味をタレの塩気とカラシの刺激がまとめ上げる。そしてネギトロ以上にねばつく口のなかへとチューハイを流し込む! ンまーい!!

 米に合うものはだいたいお酒にも合う。逆もまた然り。


 納豆はつまみとしても優秀。しかし今日、納豆の使命は未だ果たされていないのだ。賢明な呑兵衛諸兄はもうお察しかもしれませんね。

 そう、そこにネギトロがあるじゃろ?

 これを、こうやって!

 パックに入ったままのネギトロの上に無理やり盛り付けられた納豆。これをさーらーにー、こうじゃ!

 あたしはすでにそれぞれ練られているネギトロと納豆をさらに混ぜ合わせた。もうだいぶ悪い意味で混然一体となったネバトロい物体と化している。

 以前居酒屋で“ばくだん”というメニューを見かけて食べてみたのだけれども、その店のやつはネギトロ、納豆、たくあん、小口ネギ、塩昆布、卵黄だったかな。まあそんな感じでそれを食べて以来ちょっとハマっている。

 具材はそんなに熱心に色々入れなくてもいいしなにを入れても構わない。冷えると美味しくないものは避けた方がいいかもしれないけど、あとは少々気取ったところでどうせ最後には全部納豆になる。


 というわけで練り込んだネギトロと納豆をひと口ぱくり。旨味と刺激の組み立てがどうとか複雑に絡み合うとかそういう高尚な味じゃあない。これは混沌、そう、食べる混沌だ。

 そして混沌渦巻く口の中をチューハイできれいさっぱり流すこの爽快感よ! 一本目の缶が瞬く間に空になり、迷うことなく二本目を冷蔵庫から取り出す。

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