第2話 ネギトロ、納豆、味海苔巻きにて。 1

『キョーコ、今どこにいる?』


 エリちゃんから電話がかかって来たのは夕方もまだ早い時間のことだった。


「ウチにいるよ。今から早めのお夕飯にするとこ」


 仕事中やゲーム中にはデスクで食事を取ることも多いあたしだけれど、区切りもよく珍しく作業も押していないのでダイニングキッチンのテーブルでまさに今、お夕飯を始めようとしていたところだ。


『ん、そうか……』


 彼女はアテが外れたように言葉を切った。まあでもそういうの気になるよね。だからあたしは遠慮しない。


「どったの。なんかあった?」


 あたしの催促で彼女はたぶん遠慮したい気持ちを押し殺して答える。


『ああ……ノワールでたこ焼きを貰ったのでどうかと思ったんだが、夕飯の支度はもう終わってそうだな』


 ノワールは行きつけの喫茶店で、近くに高校があるのでしっかり分煙されているけど店内で煙草が吸えるのでエリちゃんは入り浸り気味だ。そこのマスターや店員ともよく知った仲なので、どういう経緯でたこ焼きになったのかはわからないけど今回に限らずたまにこうやっておすそ分けを貰ってきて、大抵の場合あたしにも回ってくる。


「たこ焼きかあ。くれるなら食べるけど?」


 電話の向こうで彼女が小さく溜息を吐いたのが聞こえた。


『夕飯の支度は終わってるんじゃないのか?』


「そうだけど、別にそんな二十も三十もあるわけじゃないでしょ?」


『それはそうだが……』


「今日はもう仕事あがりだし軽く吞む予定なんだよね。アテとしてあてにしてるので!」


『わかったよ。少し寄るところがあるから三十分くらいで着く予定だ。勝手にあがるぞ』


「どぞどぞ、ほんじゃねーい」


 あたしは電話を切ると立ちあがり冷蔵庫を開けてざっと中を見渡す。彼女がくる前に始めておいて気持ちよくお迎えするとしよう。いくつか心のなかで決めていた段取りを変更してふたつのパックを取り出して椅子へ戻った。


 あたしはネギトロが好きだ。そこら辺のスーパーやコンビニで買える、マグロのどこかわからん部位の身をすり潰して食用油で練ったピンク色のペースト状になったアレだ。

 語源にあるような「マグロの骨や皮についた身をねぎり取った中落ち」のネギトロじゃあない。もちろんそういうネギトロも食べれば美味しいけれども、ああいうものはハレの日に良いお酒とかと一緒にちょこっと頂ければいいのだ。

 今日はハレではなくケの日、つまり常の日だ。普通の日には普通の、どっちかと言えばお買い得重視でかつ美味しいもの、好きなものをいただく。


 だって安くて旨いは正義じゃない?


 ちなみにマグロのサクだとネギトロ化した魚肉のさらに半額くらいで買えることもあって、一度買って自作しようとしたけどめんどくさかったしあんま美味しくなかったし次の日筋肉痛になったのでもうやらないって決めてる。あたしはプロの仕事に相応の代価を支払って楽に美味しいものを食べるのだ。

 創作屋の端くれとして、プロの仕事に払いをケチる気は毛頭ない。むしろ払うのであたしの代わりに存分にネギトロを作って欲しい。


 ともあれ。


 ネギトロのパックを開けてそのまま醤油をかけ、チューブの練りわさびを盛る。刻みネギの余りもあったので足しておく。あ、賞味期限昨日か……刻みネギ便利だけど賞味期限短いよねえ。まあ、冷蔵庫に入ってたし別にいいっしょ。

 そういえばここのスーパーのネギトロ、ネギ入ってないな。クレーム入んないのかな。あたしは構わないけどたまに小うるさいおっさんとかおばちゃんとかいるよねえ。スーパーの店内で店員にネチネチネチネチ小言いってるの。やだやだ、はなりたくないもんだわ。


 おっと、ムカつく話じゃご飯の味が落ちちゃう! あたしにはエリちゃんを待ってるあいだに出来上がっておくという重要な使命があるんだから!

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