第22話(終)「絶望」



「死ね」

「嫌だ……嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」




 バァン!!!!!

 凄まじい轟音が、部屋に響き渡った。






「ううっ!?」


 矢口さんの体から血が吹き出る。仁君と結希は無事だ。何? 何が起こったの?


 バタッ

 矢口さんは背中を押さえ、床に倒れて悶絶する。さっきの爆発音のようなものは何だろう。拳銃を発射した音ではない。


「あんた達……何を……」

「成功ね」


 結希が胸を張り、苦しむ矢口さんを見下ろす。


「美穂が持ってた小型手榴弾を使ったのよ」

「え……」


 小型手榴弾……そうだ、思い出した。私が矢口さんに肩を撃たれ、殺されそうになったところを、結希が助けてくれた。あの時に矢口さんが逃げてった時に落としたものだ。薄れゆく意識の中で見た。


 結希はその手榴弾を密かに回収していた。


「さっき麻酔針で眠らされた後、ここに運ばれる最中に運良く目が覚めたのよ。まだ腕をロープで縛られる前だったから、気付かれないようにあんたのセーラー服の襟の裏に貼っ付けといたのよ」


 結希が手榴弾の扱いに慣れていたり、爆発のタイミングが的確過ぎたり、色々思うことはある。しかし、何はともあれ、結希は矢口さんの無力化に成功した。


「くっ……いつの間に……」

「よくやった、結希」


 ガッ

 仁君は二丁の拳銃を蹴り飛ばし、部屋の隅へやった。結希と背中合わせになり、ロープの結び目を解く。


「詩音、大丈夫?」

「結希……」


 結希は傷だらけの頬を撫で、ゆっくりと抱き締めてくれた。彼女の強さと優しさが、暴力で与えられた痛みを和らいでいく。


「何やってんだ矢口! クソッ!」


 剣崎先生は咄嗟に腰に携えたハンドガンを引っ張り出す。何が何でも二人を殺す気だ。


 バァン!


「うがっ!」


 先生の肩から血が吹き出る。なんと、先程蹴り飛ばした拳銃を拾い、仁君が発砲した。


「詩音、耳塞いでろ」

「霧崎……テメェ……」

「結希、お前は美穂を頼む」

「わかったわ」


 結希は立ち上がり、もう一丁の拳銃を拾い上げる。その銃口を矢口さんに向ける。


「私達は詩音を守ると決めたの。詩音を傷つける奴は、誰であろうと許さない」

「俺もだ。詩音に与えた苦痛と、今まで理不尽に殺された関係ないクラスメイトのために、お前らには死を持って償ってもらう」


 剣崎先生と矢口さんは動じなかった。あれだけクラスメイトを危険な目に遭わせ、手にかけてきたせいか、恐ろしいくらいに落ち着いていた。


「いいのか? お前らは人を殺したという罪を背負うことになるんだぞ?」

「お前が言うか。そりゃ罪深い人間になっちまうのは仕方ないよな。だが、そんなの今更だ。俺達だって江波のいじめを見てみぬふりをしたようなもんだ。既に背負ってんだよ、後悔してもしきれねぇ罪をな」


 仁君は拳銃を構える。


「やっぱりあんた達は悪魔ね」

「仕方ないでしょ、所詮人間なんて自分のことしか考えてないんだから」


 結希は拳銃を構える。




 バァン! バァン!

 二発の拳銃が、二人の悪魔の頭を貫いた。








「大丈夫か? 詩音」

「うん……」


 仁君が部屋にあった消毒液や包帯で治療を受けた。部屋の隅に剣崎先生と矢口さんの遺体が並べられている。

 先程結希が探索をしたところ、他の部屋で今まで殺されたみんなの遺体も見つけた。最後まで生き残ったのは私達三人らしい。


「全く……こんな銃器よく集めたわよね。美穂も難なく使いこなしてたし」

「相当訓練したんだろうな」


 結希は拳銃片手にモニター室を探し回り、外部に救助ができないか調べている。結局先生達を倒したのは結希と仁君だ。今回も私は戦闘において何の役にも立てなかった。


 仁君は私の腕に包帯を巻いた。


「よし、これで大丈夫だ」

「……」

「詩音?」


 私の瞳から涙が溢れた。


「ごめん……二人共……私のせいで……クラスメイトのみんなが死ぬことになって……二人にも人を殺させて……」

「詩音、何度も言わせるなよ。お前は何も悪くねぇよ。お前は誰よりも純粋で、優しい心を持っている。その優しさで俺達を支えてくれたじゃないか。一生懸命仲間を守ろうと頑張ってくれた。それだけで十分だよ」


 仁君は私の頬にそっと手を伸ばした。


「俺はお前を守ると決めた。これからも、ずっとな」

「仁君……///」


 私は彼の手を握った。人を銃殺したという罪を背負っているけど、それでも誰よりも力強くて優しい手だ。


「ありがとう……仁君……///」


 彼の体に触れて理解した。私は仁君のことが好きなんだ。親友としてもそうだけど、男女の恋愛関係として。必死に私の心に寄り添って、体を張って守ってくれるカッコいい彼に、いつの間にか私は心惹かれていた。


 仁君は私に顔を近付ける。




「なぁ詩音、俺……お前のこと……///」
















 バァン!!!




「……え」


 仁君の側頭部から血が吹き出た。


 バタッ

 そして彼の体は、冷たい床に倒れていった。




「仁……君……え……?」


 何が起こったの? 仁君が……殺された……?




「何が『俺はお前を守る』よ。私の詩音に気安く触れないで」


 私は結希の方へ振り向いた。彼女の構える拳銃から微かに煙が出ていた。


「結希……な、なんで……」

「なんで? そんなの決まってるじゃない。詩音に寄り付く害虫を駆除するためよ」


 結希の態度がおかしい。明らかに今までに見せていた天真爛漫で明るい少女の姿ではない。害虫……? 何? どういうこと?


「この男、詩音に告白しようとしてたんだもん。ウザいから脳天ぶち抜いてやったの」


 仁君の遺体に拳銃を乗せる結希。さっきから結希の言っていることがまるで理解できない。


「やっと二人きりになれた。邪魔な奴ら全員消えて、残ったのは私と詩音だけ。あぁ、最高だわ……本当によかった……あははっ」


 結希が不気味に笑い出す。カルト宗教に洗脳された信者のように。今まで見たことのない彼女の本性が現れ、私は恐怖で身動きがとれなかった。


「結希……どうしたの……」

「あぁそうそう、あの手紙江波君に送ったの、私よ。あの男が詩音に寄り付かないように、暴言書いて送り付けてやったわ」


 江波君の自殺の要因になった、彼を貶す内容が書かれた私の手紙だ。あれを書いたのが……結希?


「私、詩音が江波君を助けようとしてたこと、実は知ってたの。靴を渡すところ、こっそり見てたから。あの男、詩音が手を差し伸べてきて調子に乗ってたわ。でも詩音に裏切られたと思わせれば、もう近付くことはない。自殺までしたのは想定外だけど、結果的に詩音に寄り付く男が一人消えてよかったわ」


 酷い……彼を私から遠ざけるためだけに、そんなこと……。先程から結希の発言には、倫理性が全く感じられない。


「詩音の筆跡なら完璧にコピーできた。詩音のことなら何でも理解してるんだから。この世界の誰よりも」


 結希は私に抱き付いてきた。




「だって私……詩音のこと、だーい好きなんだもん♪」

「え?」

「詩音ってさ、すごく可愛いよね。そのさらさらした綺麗な桃色の長髪、すごくいい匂いがする……」


 抱き付いたまま、私の髪を撫でて匂いを嗅ぐ結希。普段学校で過度なスキンシップをしてくる彼女だけど、今は状況が状況なだけに恐怖でしかない。


「その小顔……細やかな睫毛……つぶらな瞳……柔らかい頬……ふくよかな胸……しなやかな腕と足……透き通った声……あぁ……好き……全部好き……大好き……」


 指先で私の体を撫で回してきた。彼女の言う『好き』は、明らかに友情を誓うそれではない。私が仁君に抱いたような、恋愛の関係に近いものだ。


 ただ、ひたすら醜くて……恐ろしい。


「結希、やめて! なんでこんなことするの! 私のことが好きってどういうことなの!」


 私は結希を無理やり引き剥がした。彼女の言う言葉も、表す行為も何一つ私の理解を通らなくて、頭をすり抜けていく。一体彼女は何がしたいのか。


「詩音、知らないでしょ? あなたってすごくモテるのよ。すごく可愛いし、超が付くほど優しいし。男の間で軽く噂になってたのよ」

「それが……何……?」


 そんなの知らなかった。私はただ泣き虫でひ弱な人間だと思っていたから。でも、今結希にその事実を言われて、自惚れる余裕などない。


「だから私、耐えられなかった。私の大切な詩音が誰かのものになって、心も体も汚されていくのが。詩音は私のものなんだから……誰にも渡さない……」

「結希……」

「詩音が孤立してた私に声をかけてくれたこと、優しくしてくれたこと、すごく嬉しかったの。私、詩音の唯一無二で一番の親友でいたい。だから詩音には誰も近付けさせない。詩音に寄り付く薄汚い害虫共は、全員この手でぶっ殺す……」


 異常だ。ただそうとしか思えない。結希が私を必死に守ってくれた理由を何となく理解した。


「剣崎には感謝しないとね。このゲームで詩音だけ生かして、他の害虫共を一掃してくれたんたから」

「ふざけないで!!!」


 私は叫んだ。結希の異常な愛が許せなかった。


「こんなこと……ダメだよ! そんなことしなくても、一番の親友でいていいから! だから……みんなのことを悪く言わないで!」




 しかし、どれだけ叫んでも、結希の愛はどす黒くなっていく一方だった。


「あぁ……やっぱり詩音は優しいなぁ……私を本気で叱ってくれんだから……本当に詩音は人思いなのね……詩音、大好きだよ……」


 そして、また抱き付いてきた。




 何……何なの……このクラスは。殺人ゲームを計画したり、仲間を陥れたり、私欲のために人を簡単に手にかけたり、異様な愛情を擦り付けてきたり……。




 人間は醜い生き物だ。人間という皮を被り、『人間ごっこ』という遊戯でこの世に生の根を張り巡らせる、恐ろしい悪魔だ。


「愛してるわ……詩音。ずーっと私の『親友』でいてね……」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」























「もう……詩音! 起きて!」

「うわっ!」


 目が覚めた。あ、あれ……ここは……。


「せっかくの修学旅行なのに、寝ててどうするの!」


 バスの中だ。修学旅行でホテルに戻っている道中……。結希が隣から私の肩を揺さぶっている。てことは、時間が戻っているのか。


「ごめん、あまりに暖かい空気だっから」

「もう……詩音は私がいないとダメなんだから♪」


 もしかして、今までのゲームとか殺人とか、江波君の自殺とかは……全部夢?




 あ、なんだ……夢だったんだ(笑)。


「あはは……」


 そうだ、夢に決まってる。殺人ゲームなんてフィクション、現実で起こるわけがない。我ながら壮大な悪夢を見てしまった。すごく怖い夢だったなぁ。

 でも、夢でよかった。そうだよね、C組のみんなはすごく優しい人ばかりだ。殺し合いなんてするわけない。


 それに、結希が私に異常な恋愛感情を抱いているなんてあり得ない。結希は私の恋人ではない。恋人とはまた別の、すごく大切で一番の親友だ。


「結希」

「どうしたの、詩音?」


 私は結希の腕に抱き付いた。


「結希、大好きだよ。これからも、私の親友でいてね」






 ガシッ


「えっ……///」


 結希は私を抱き寄せて、私の唇に自分の唇を重ねた。口の中で舌を舐め回してきた。


「フフッ、私も詩音のこと、だーい好き♪///」


 ふと、私は周りを見渡した。みんな、眠ってる……まさか!?




「これからもよろしくね、詩音。えへへ💕」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 前方から甘い香りが漂ってきて、私は結希に抱き付かれながら眠気に誘われた。悪夢は繰り返され、絶望は循環する。


 やっぱり人間は悪魔に何より近い存在なのかもしれない。結希の温かい腕に抱かれながら、私は再び絶望の底無し沼へと落ちていった。



    KMT『人間ごっこ』 完


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人間ごっこ KMT @kmt1116

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