第21話「真相」



「いいだろう。ゲームオーバーにはなったが、一応お前らは最後まで生き残った。殺す前に教えてやるよ。犯人の正体をな」


 私達はごくりと唾を飲んだ。ゲームが開催されることとなった要因で、私達C組の生徒を最悪の絶望に陥れた犯人の正体が、今ようやく明かされる。


「江波を自殺に追い込んだ犯人、そいつは……」
















 先生は私を指差した。


「加藤詩音、お前だ」




 え? 私……?


「は、はぁ!?」

「詩音が犯人? んなわけねぇだろ!」


 結希と仁君が抗議する。あまりに意外な人物が指名され、突き付けられた正体に納得できないみたい。しかし、一番納得できないのは私自身だ。犯人として指名される要因に何も身に覚えがない。


「間違いねぇよ。今回のゲームは加藤詩音を犯人として設定した。江波の自殺の原因になったのはそいつだ」

「詩音は江波君を助けようとしてたのよ! 自殺の原因になったってどういうこと!?」

「そこまで言うからには、証拠があるんだろ? 出してみろよ!」


 私はかつて追い詰められた江波君を心配し、彼に「私にできることは何でも言って」と告げた。彼への接触はそれだけのはず。なのに、私が自殺の原因になったというのはどういうことだろう。


 先生は二人の抗議に全く動じない。


「もちろんあるさ。この女が江波を自殺に追い込んだ証拠がな」


 バッ

 そう言って、先生は一枚の紙を突き出した。くしゃくしゃになっている。広げられると、恐ろしい一言が顔を現した。


「し、死ね……?」


 その紙には大きく『死ね』という文字が書かれていた。


「あんたみたいな人を助けると思ったら大間違いだよ……今すぐ死んで生まれてきたことを詫びろ……」


 先生は文字の下に書かれた文章を読み上げる。皮肉だろうか。内容はとても乱暴で、江波君を貶すものばかりだった。一体何だろう。


「江波が飛び降りた屋上に、靴で挟まれて置かれていたものだ。よく平気でこんな内容の手紙を送れたものだな。いじめで精神を崩壊させられた江波に」

「え!?」


 私は何となく察した。彼がいじめを苦に精神を病んでいた時に、こんな残酷な内容の手紙を送りこまれたら、自殺したくなるのも無理はない。彼が自殺したのは、確実にこの手紙を読んだからだ。


「何よそれ……それがなんで証拠なのよ」

「詩音は関係ねぇだろ」

「これを見てもか?」


 先生が指で示したところには「詩音」の二文字が書かれていた。手紙の最後に堂々と。


「馬鹿な奴だな。わざわざ自分の名前を末尾に添えるなんて。名前を見て確信したよ。お前が江波にこの手紙を書いて、江波に送り付けて追い込んだってな」

「そんな……」


 つまり、先生はこの手紙を私が書いたものと思い、江波君はこれを読んで思い詰め、自殺に至ったと結論付けたようだった。そんな内容の手紙を寄越されたら、私でも死にたくなるくらい悲しい。


 しかし、どれだけ説明されても納得できない。だって、私はこんな手紙を書いた覚えはないから。


「詩音がそんな手紙書くと思ってんの!?」

「あり得ねぇだろ!」

「それがあり得るんだよな。過去に加藤が書いた授業プリント何枚かと、その手紙の筆跡を照らし合わせた。そしたら見事に一致するんだよ」


 手紙の文章を目を凝らして見てみると、確かに私の筆跡とそっくりだ。しかし、私には記憶がない。そんな手紙を書いて江波君を追い詰めようなんて、どれだけ頭を捻っても考え付かない。


「決定的だろ。この手紙は加藤が書いたものだ」

「んなの信じられるかよ」


 何度見ても巧妙に書かれた文章だ。何も事情を知らない人からすれば、この文章を書いたものは私だと、瞬時に判断するだろう。しかし、どれだけ記憶を辿っても、自分があの手紙を書いたとは思えない。


「だから俺は江波の無念を晴らすために、このゲームを計画したんだ。クラスメイトを巻き込み、この殺し合いをな」

「なるほど……関係のないクラスメイトを巻き込んでじわじわと殺していって、罪悪感で犯人を精神的に追い詰め、罪を自白するのを狙ってたのね」


 矢口さんがこのゲームの本当の目的を冷静に分析する。彼女は江波の自殺の件には無関心なため、少しも擁護してくれる様子はない。とにかく、この手紙こそが彼の自殺の要因であり、ゲームが開催されることとなったきっかけだった。


「あぁ、ずっと待ってたよ。加藤が罪悪感に苦しみ、自分から江波を自殺に追い込んだと言ってくれるのを。だが、まさか罪の意識がなかったとはな」


 ガシッ


「うっ!」


 先生は私に歩み寄り、私の長髪を掴んで乱暴に引っ張り上げた。


「実に最低な女だ。自分は悪くないと思い込んで、『殺し合いはやめろ』だの『みんなで協力しよう』だの綺麗事を並べてたんだから。本当は自分が江波を自殺に追い込んだ元凶だとは知らずによ!」


 バシッ


「あぁっ!」


 先生が思い切り平手打ちをしてきた。私は地面に叩き落とされる。大の大人が行う暴力は、心に来るものがあった。こんなに痛いだなんて。しかも相手は剣崎先生だ。ちょっと頬が腫れる程度じゃ済まされない。


「詩音!」

「やめろ剣崎!」


 二人が制止しようとするけど、すぐに足を止めてしまう。背後に矢口さんの冷徹な表情が見える。後ろから拳銃を突き付けられているんだ。下手に抵抗すれば一瞬で命が途切れる。


「お前がこんなことをしなければ、江波が自殺することはなかった! ゲームも行われることもなかったし、クラスメイトが死ぬこともなかったんだぞ!」


 ガッ ガッ ガッ

 先生は何度も何度も私の体を蹴る。怒りが込められた一撃が、体に次々と傷を作っていく。やめて……痛い……痛いよ……。


「ほ、本当です……私……あんな手紙書いてません……信じてください……」

「誰が信じるか!!!」


 バシッ!

 今度は腹に命中した。先生の履いている革靴の厚みが、私の内蔵に相当のダメージを与えてきた。


 痛いよ……誰か助けて……


「うぅぅ……」

「なんだその涙は。あんな手紙を書くくらい残忍な内面隠してるくせに、被害者面してんじゃねぇよ。お前の本性はもう知ってんだぞ。いつまでもピーピー泣きわめいて、か弱い女のふりすんなよ。気持ち悪い」


 違う。絶対に違う。この涙は本物だ。私は江波君を助けたかった。彼を救えなくて、死にたくなるくらい後悔してる。私は本当にあんな手紙は書いてない。信じてよ……。


「お前は江波の心を踏みにじった。そしてゲームで多くのクラスメイトの命を間接的に奪った。一番の殺人鬼はなぁ、辻村でも矢口でもねぇ。加藤詩音……お前なんだよ!!!」


 ズガッ

 思い切り蹴り上げられ、壁に吹っ飛ばされた。口から血が飛び散るのが見えた。容赦なく暴力を与えられ、激痛で体が動かない。ただ理不尽な現実に苦しめられ、涙を流すだけしかできなかった。


「お前が最後まで生き残ってて助かったぜ。もし最終選考で選ばれたら殺すつもりだったが、さっき考えが変わったよ。特別に生かしといてやる。ギリギリ殺されない程度の痛みを永遠と与え続ける方が、一瞬で殺すよりも辛いだろうしなぁ」


 確かに、長々と苦痛を味わうよりも、一瞬で死んだ方がマシかもしれない。江波君もそう感じて、屋上から身を投げたのだろう。

 唯一手を差し伸べてくれたクラスメイトが、あんな内容の手紙を送り付けてきたら、裏切られたと思って絶望し、自殺したくもなる。


「永遠に後悔しろよ。お前の犯した罪をなぁ」


 そうだ、私はこのゲームで何の役にも立てなかった。たくさん大切な仲間が死んで、弱虫でいくじなしの私はのうのうと生き残った。死んでしまったみんなの思いを背負っていたのだ。残された私がしなければいけないことは、最後まで仲間を信じきることだった。


 でも、私は信じきれなかった。最終選考で死ぬのが怖くて、榊君を指名した。自分の命を最優先させた。仲間を裏切ったようなものだ。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 江波君を自殺に追い込んだのは私ではないけど、それがなくても十分に罪深い人間に成り下がっていた。こんな苦痛を味わって当然だ。死んだみんなの代わりに生きて、苦しんで、罪を償わなければいけない。


「フッ、ただ暴力を与え続けるだけだと思うなよ。おい、矢口」


 先生の合図で、矢口さんは拳銃を結希と仁君の頭に突き付けた。二丁の拳銃の感触が、二人に冷や汗をかかせる。


「今からこの二人を撃ち殺す」

「え、ま、待っててください! 二人は何も悪くないです!」

「ダメだ。最初に言った通り、ゲームをクリアできなければ全員殺す。お前は考えが変わったから生かしておくが、二人には死んだクラスメイトの後を追ってもらうぞ。大切な仲間の死に様を目に焼き付けるんだな」


 先生の脳内は、私を苦しめることに支配されていた。私の一番の親友である二人を殺し、私が最高に絶望する姿を眺めて楽しもうという算段だ。私が江波君を自殺させたと思い込んでいるため、容赦がない。


「やめてください……二人は私の一番の親友なんです……殺すなら……私を殺してください……」

「何言ってる。生きてるからこその罪滅ぼしだろ。一瞬で死んで罪から逃げるつもりなら、俺は許さねぇぞ」


 先生は二人を本気で殺すつもりらしい。ダメだ……その二人だけは絶対にダメだ。結希と仁君は私を最後まで守ってくれた。誰よりも優しくて思いやりのある二人だ。何があっても死なせてはいけない。


「お前が江波にあんなことしなければ、こうならなかった。自業自得だろ。二人が死ぬのはお前のせいだ。死体を眺めて反省しな」

「嫌だ……やめて……やめてください……お願いします……二人を……殺さないでください……殺さないで……お願いだから……やめて……」


 先生は矢口さんに視線を送った。二人は奥歯を噛み締めながらも、生存を許された私よりも落ち着いた様子だ。これから死ぬというのに。

 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ。罪深い私が生き残って、何の罪もない二人が死ぬなんて……そんなの嫌だ。もう私が犯人でいいから……私が結希と仁君の代わりにちゃんと死ぬから……二人だけは許してよ。


「矢口、やれ」

「はい」


 カチッ

 矢口さんが引き金に指をかける。ダメ……矢口さん……やめて……。




 仁君……結希……。




「死ね」

「嫌だ……嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」






 バァン!!!!!

 凄まじい轟音が、部屋に響き渡った。



     *   *   *



生存者 残り4人


相沢結希あいざわ ゆき(2)♀

加藤詩音かとう しおん(7)♀

霧崎仁きりさき じん(11)♂

矢口美穂やぐち みほ(24)♀


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