第20話「後悔と懺悔」



「ごめん……なさい……」


 どうしても涙が止まらない。相手はこのゲームの犯人で、江波君を自殺に追い込むまでに酷いことをしたクラスメイトだ。世間は死んで当然との意見を叫ぶだろう。


 でも、私は悲しくて悲しくてたまらない。


「加藤、なんでそんなに泣くんだ」

「うぅぅ……だって……」


 榊君自身も、自分の罪を噛み締めている。犯人として選ばれることを読んでいたような、当然と思っているような、落ち着いた態度で尋ねてくる。逆になぜそこまで落ち着いていられるのかを、私が聞きたいくらいだ。


「榊君も……クラスメイトだから……私の大切な仲間だから……」


 でも、私にとっては泣くのだって当然だ。みんな……いつも一緒に勉強して、高校生活を楽しんできた大切な仲間なんだもん。関わったことは少ないけど、同じクラスなんだから榊君だって仲間だ。

 確かに彼は許されない罪を犯したかもしれない。殺されても仕方ないかもしれない。それでも、大切なクラスメイトが殺されるのが、悲しくて悲しくてたまらない。


「お前は俺みたいなクズでも、仲間だと思ってくれるんだな……」

「当たり前だよ……」

「悪かったな。お前の大切な仲間を自殺に追い込んじまって」


 榊君は空を見上げる。死ぬ前の最後の気持ちいい青空を、しっかりと目に焼き付けようとするように。


「俺は認めたくなかった。自分がどうしようもなくダメな人間であることを。真面目な江波と自分を重ねて、俺が劣ってると思いたくなかった。だからって、他人を蹴落として同じ道に引きずり込んで、何になるんだろうな。今更ながら笑えてくるぜ」


 榊君この世の全てを悟ったような、未練をどこにも残さなくて安心したような、清らかな笑顔を浮かべていた。とてもクラスメイトをいじめていた極悪人の顔には見えなかった。それが現実であってほしかった。


「認めるよ。江波をいじめていたのは俺だ」






「それじゃあ、答え合わせといきましょうか」


 スチャッ

 矢口さんが拳銃を構え、銃口を榊君に向ける。


「え?」

「美穂、何やってんの!」

「剣崎に言われてんのよ。多数決で犯人に選ばれた奴を撃ち殺せって」


 恐れていたことが本当に起きてしまうようだった。そんな……わざわざ殺す必要なんてない。自分から犯行を認めたのだから、生きて償わせることだってできるじゃないか。


「矢口さんやめて! 殺さないで!」


 矢口さんに制止するように叫ぶけど、今度は私に銃口を向けてきた。一言でも気に触るような発言をすれば、私に火の粉が降りかかる。私はそれ以上何も反論できなかった。


「大切な仲間とか言ってたわよね。クラスメイトを自殺させた奴を庇うの? おかしな人ね」

「そ、それは……」

「夢見るのもいい加減にしなさい。あんたの信じてるクラスメイトはね、人間の皮を被った醜い悪魔なのよ」


 再び銃口を榊君に向ける矢口さん。


「最後に何か言い残すことは?」

「……」


 榊君も自分の死を悟っている。犯行を認め、何も思い残すことがないため、命乞いすらしない。せめて何か抵抗してほしい。生きることを諦めないでほしい。江波君のためにも。




 それでも、榊君は落ち着いて口を開いた。


「……すまなかった。お前達を危険な目に遭わせて、関係のない奴らまで巻き込んで、本当に申し訳ないと思っている。もう一度人生をやり直して、今度は真っ当な人間として生きたいくらいだ」


 榊君は堂々と頭を下げた。プライドを捨てた彼の姿は、本当に善良な高校生にしか見えなかった。頭を上げ、苦笑いで私達に告げる。


「向こうに行ったら、江波やみんなに謝ってくるよ。本当にごめんな」






「……えぇ、ってらっしゃい」


 バァン!


「あ……」


 一発の弾丸が、榊君の脳天を貫いた。一瞬とも呼べないくらいの時が、彼の体を地面へと倒す。後頭部から零れたジャムのように血が流れ、地面に大きな赤黒い水面を作っていく。写った私達の姿がゆらゆらと揺れる。


 最後に榊君は、後悔と懺悔を残してみんなのところへと旅立って行った。



《13番 榊佑馬 死亡、残り4人》



「うぅっ……榊君……」


 彼や矢口さんに言われた通り、私はおかしいのかもしれない。その人がどんな罪を犯していたとしても、死ぬという事実があるだけで同情してしまう。

 何でもいい、とにかく生きてほしい。誰にも死んでほしくない。苦しい思いをしてほしくない。助けてあげたい。


 そう思う私は、やっぱりおかしいのかな……。


「詩音……」

「結希、私……間違ってるの? 榊君に死んでほしくなかったって思うのは、おかしいことなの……?」

「おかしくなんかないよ。詩音は自分の意思を貫いてるから。誰にでも同情できる詩音は、本当に優しくていい子よ。間違ってなんかない。だから、安心して……よしよし」

「うぅぅ……」


 結希は泣きじゃくる私を優しく抱き締めてくれた。仁君も暖かくて大きな手で、背中をさすってくれた。


「ひとまず、これで全部終わりだ。想像以上の犠牲があったが、ようやく俺達はこのゲームから脱出できる」


 そうだ、江波君を自殺に追い込んだ犯人である榊君を、私達は見事に言い当てることができた。結果的に死んでしまったけど、これでゲームをクリアする条件は満たしたはずだ。条件は犯人を特定することなのだから。




『あ~、お前ら……』


 スマフォから先生の声が聞こえる。これからどうすればいいんだろう。一応ゲームはクリアしたけど、先生は素直に私達を帰してくれるだろうか。








『喜んでるところ悪いけど、犯人榊じゃねぇぞ』




「……え?」


 今、なんて言ったの……? 犯人は……榊君じゃない?


「は? どういうことだよ!?」

『言葉通りの意味だよ。今回のゲームでは、犯人は榊として設定されてないってことだ』


 そんなはずがない。彼には江波君をいじめていたという事実がある。他に彼の自殺の原因となる情報が存在しない以上、榊君のいじめが自殺に追い込んだとしか考えられない。


「彼は自分でいじめてたことを認めたのよ!? どう考えても榊君が犯人でしょ!」

『確かにそれは事実だが、あいつのいじめは自殺の直接的な原因ではないんだよ。俺は犯人の正体を知ってるんだぜ。嘘は言わないさ』


 彼のいじめが原因でないのなら、他にしっかりとした原因があるということになる。でも、そんなのわかるわけない。はっきり彼と接触していたのは、ほぼ榊君のいじめのグループと私だけなのだから。


「じゃあ誰なのよ!」

『教えてやってもいいが、惜しくもお前らは制限時間内に犯人を見つけ出すことができなかった』


 スマフォから聞こえる先生の愉快な口調。それが示す事実は、つまり……




『残念だったな、ゲームオーバーだ』


 ビュッ


「うっ!?」


 突如痛みを感じた仁君が、首元に手を当てて苦しみ出す。そのまま地面に伏せ、動けなくなる。


「仁君、どうしたの!? 仁k……」


 今度は結希が倒れた。二人は眠ったように地面に伏している。首元にはダーツのような針が刺さっている。瞬時に麻酔針だと悟った。


「矢口さん……」


 麻酔針を撃ったのは矢口さんだった。針を発射する銃を構えている。


「しばらく眠ってもらうわよ」


 ビュッ

 そして私も気を失った。




『PM 18:00 ゲームオーバー』









「んん……」


 次に目覚めたのは、冷たい床の上だった。体を動かそうとすると、思うように腕が開かない。腕を背中に回され、ロープで拘束されているようだった。


「あ、結希! 仁君!」


 両隣に結希と仁君が倒れていた。ここはたくさんのモニターみたいな機械が並んでいて、指令室のような暗い場所だった。先生の拠点の中だろうか。ここでゲーム中の私達の様子を監視していたようだ。


「先生、起きました」


 角に矢口さんが壁にもたれて立っている。しっかりと銃口を向け、私達を脅しながら。




「……そうか」


 先生が椅子から立ち上がる。どこまでも不敵な笑みを浮かべながら、私達の前に再び姿を現した。


「まずはここまで生き残れたお前達に祝福しようか」


 先生は馬鹿にするように、ちっともありがたくない拍手を贈ってきた。風格がまるで軍事国家の独裁者みたいだ。


「こんなところに連れてきて、何のつもりだ!」

「そうよ、私達をどうする気なの!」


 高圧的に叫ぶ結希と仁君。状況を把握できていないのは私だけではなかった。麻酔針で眠らされ、拘束されて先生の前に連れてこられた。これからどうなるのか。ゲームの説明でも話した通り、殺されてしまうのか。


「さっきも言った通り、お前らは制限時間内に犯人を見つけ出すことができなかった。ゲームオーバーだ」

「わかるわけないでしょ!」

「榊じゃないって言うなら、一体誰なんだよ!」




 先生は笑みを取り払い、真剣な口調で語りだした。


「いいだろう。ゲームオーバーにはなったが、一応お前らは最後まで生き残った。殺す前に教えてやるよ。犯人の正体をな」


 私達はごくりと唾を飲んだ。ゲームが開催されることとなった要因で、私達C組の生徒を最悪の絶望に陥れた犯人の正体が、今ようやく明かされる。


「江波を自殺に追い込んだ犯人、そいつは……」



     *   *   *



生存者 残り4人


相沢結希あいざわ ゆき(2)♀

加藤詩音かとう しおん(7)♀

霧崎仁きりさき じん(11)♂

矢口美穂やぐち みほ(24)♀


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