第19話「最終選考」



「最終選考では多数決で犯人を決めてもらう。正解すればゲームから脱出できる。間違えれば死だ」


 先生が坦々とルールを説明する。聞いている限りでは何てことない単純なルールだけど、この選考に全てがかかっている。


「制限時間を5分与えよう。その間に話し合いでもしながら、犯人が誰か決めるんだな」


 先生がタブレットでタイマーをセットする。私達のスマフォの画面にも、カウントダウンの数字が表示される。


「話し合いの邪魔にならないよう、俺は念のため席を外すぞ。それじゃあ、運命の最終選考のスタートだ」


 そう言って先生はタイマーを押し、拠点の中へと戻っていく。そんな気遣いなんていらない。




「……」


 運動場に残された私達。怖いくらいの静寂の間を、風が吹き抜けていく。聞こえるのは風の音と、恐怖に震える各々の心臓の音だけだ。


「話し合いなんかしなくたって、犯人はわかってるわ」


 最初に静寂を切り裂いたのは結希だった。


「榊君、あなたでしょ!」

「……」


 堂々と榊君を指を差し、睨み付ける。彼は江波君のいじめに関与していたという決定的な事実がある。たった一つの有力な判断材料だけで、彼は犯人候補に立たされる。彼は全く動じず、黙ってうつ向いている。


「彼は江波君をいじめて自殺に追い込んだ。そうでしょ?」

「いじめの件は認めるが、それが自殺の要因になったとは限らないぞ」


 榊君が冷静に口を開いた。直接事実を突き付けられても、彼の顔から余裕の二文字が消えることはなかった。彼も彼で、相当な覚悟を持ってこの選考に参加しているのだろう。


「だってそうとしか考えられないでしょ? そもそも江波君と関わったことあるのは、いじめてた榊君だけなんだから!」

「本当にそうか? 確かに江波は孤立してたが、あいつが関わっていたのは俺だけと言えるのか?」

「え? ……あっ」


 結希は何かを思い出し、私に顔を向ける。みんなの視線が一斉に私に集まる。そうだ、私も江波君と何度か話したことがある。ゲーム初日に結希達に話した、偶然彼の靴を拾ってあげた日のことだ。


 あの時、もっと私が彼の悲しみに寄り添えていれば、自殺なんてしなかったかもしれない……。


「ほう、どうやらいるみたいだな」

「で、でも、詩音は彼を助けようとしてたんだから!」

「どうかな。加藤が嘘を言ってることも考えられるぞ」


 冷たい表情から放たれた榊君の言葉が、臆病な私を嘲笑う。嘘……? 違う、私は嘘は言っていない。私は彼の靴を見つけてあげて、少し話をしただけ。彼との関わりは、それ以上でもそれ以下でもない。


「そうね、江波君と関わりを持ってる以上、自殺に追い込むチャンスは少なからずあるものね。どんな方法かはわからないけど」

「詩音はそんなことしない!」


 矢口さんが横槍を入れてくる。彼女も榊君と同じく、私が江波君と話をしたことがあるという事実だけで、犯人として疑っているらしい。それを結希が責める。


「果たしてそうかしら? このクラス結構ヤバい本性隠してる人多かったわよね。平気で殺人に手を染める人もいたし」

「あんたも同類じゃない! 詩音は絶対そんなことないから!」

「結希、落ち着け」


 怒りで興奮する結希を、仁君がなだめる。確かに矢口さんや美琴ちゃんのように、腹黒い本性を隠していた人がたくさんいた。その結果、簡単に殺し合いが発生してしまい、みんな死んでいった。


 でも、私は違う。そう思いたい。


「まぁ、あんたら二人もどうか知らないけど」

「え?」


 二人って……結希と仁君のこと?


「二人は違うよ!」

「お前ら、これ以上議論を長引かせても仕方ねぇだろ。時間は無ねぇんだ。さっさと多数決をするぞ」


 榊君が声を張る。そうだ、元々5分しか話し合いの時間は設けられていない。まともな議論なんて望めるはずがない。

 多数決……誰が犯人かを示さなくちゃいけないんだ。誰? 誰が犯人なの? 誰が江波君を自殺に追い込んだの?


「俺は加藤に入れる」

「榊!」


 榊君は私を指差した。彼は自分のいじめが、江波君の直接的な要因になったことを、頑なに認めたくないようだ。だって犯人として見抜かれたら、先生に何をされるかわからないから。


「だから詩音は違うってば! 私は榊君に入れるわよ」

「俺も榊だ。いじめの事実がある以上、お前しか考えられない」


 結希と仁君は榊君に投票してくれた。私を庇ってのことだろう。最後まで私のことを信じ、味方でいてくれる。


「じゃあ私は加藤さんで」

「美穂!?」


 矢口さんの指先が私に向けられる。そこまで私を疑っているのか。これで私が2票、榊君が2票と並んだ。


 あとは私の投票だけ……。


「最後はお前だ」

「早くしてちょうだい」


 右には榊君と矢口さんの威圧。


「詩音、焦らなくていいよ」

「あぁ、お前が疑わしいと思う奴に入れればいいんだ」


 左には結希と仁君の擁護。


「えっと……」


 二つの相反する勢力に板挟みになる私。決めなきゃ、犯人が誰なのかを。決めなきゃゲームは終わらないし、みんな解放されない。どうしよう……私も榊君に入れるべきなのかな……。


 でも、そうしたら榊君が犯人として処刑台に立たされる。


「えぇ……」


 選ばれたらどうなるんだろう……やっぱり殺されちゃうのかな? 今まで死んだみんなみたいに、銃で撃たれて殺されてしまうのかも。

 弾丸が当たるとものすごく痛い。肩に当てられたことがあるから、その痛みは身に染みて理解しているつもりだ。


 死んでしまうほどの損傷だ。痛いと泣き叫ぶだけでは済まない。その恐怖は想像もつかない。


「詩音?」

「大丈夫か?」






「……」


 なんでこんなことをしなければいけないんだろう。本当は今頃みんなと楽しく修学旅行の最中なのに。いろんなところ観光して、ホテルでみんなとくつろいで、恋バナなんかして、目一杯楽しんでたはずだったのに。


 なのに……誰が犯人かだなんて……疑い合って……憎み合って……


「おい、どうした?」




「……できない」


 私はその場に崩れ落ち、大粒の涙を流した。


「できないよ……誰が犯人か決めるなんて……だって、みんなのことが大好きだから……みんなみんな、大切な仲間だから……」

「詩音……」

「どうせ犯人は殺されるんでしょ? だったら嫌だよ……投票なんかしたくない……もう誰も死んでほしくない……」


 私はみんなのことを、心の底から大切に思ってる。いつも話してるとかじゃない。全員と一緒に遊んでるわけでもない。

 でも、同じクラスにいるから、かけがえのない仲間だ。一緒に学校生活を満喫して、勉強を頑張って、修学旅行を楽しんで、そしていつか卒業する大切な仲間だ。


 だから、みんなのことを疑ったり、陥れたりするような真似は、私は絶対したくない。


「大切なみんなを……これ以上疑いたくない……こんなの嫌だよ……」




『そうか、嫌か』


 突然スマフォから先生の声が聞こえた。いつの間にか全員のスマフォが、先生の指令室と通話状態になっていた。私の言葉は筒抜けだった。


『わかった、一つルールを追加しよう。もし制限時間終了までに投票をしなかった者が一人でもいたら、生存者全員を抹殺する』

「え?」


 抹殺? そんな……嘘でしょ……。


「先生、私は例外ですよね?」


 矢口さんが尋ねる。彼女は先生の協力者だから、ゲームをクリアしようがなかろうが、先生の権限で生き残れる。


「いや、お前も殺すが?」

「は?」

「全ては加藤次第だ。そいつが投票に参加しなければ、問答無用で全員殺す。おっ、制限時間残り1分だ」


 私が頑なに投票を拒むため、先生が理不尽なルールを突き付けてきた。意地でも私に投票させたいようだ。私が誰かを指名しなければ、みんな死ぬ……。


「加藤! 早く投票しなさいよ! このままじゃ私達まで殺されんのよ!」


 矢口さんが声を荒らげる。決して殺されることのない安心感から蹴落とされ、死の恐怖に陥った。


「詩音! 早く!」

「誰でもいい! 早く投票しろ!」

「でも……みんなを疑うなんて……」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「早くしろ!」


 結希と仁君までもが私を責める。早く誰かに投票しなきゃ……でもそれは誰かを犠牲にすることで……でもやらなきゃ全員殺されて……。いや、私が指名することで殺されるなら、私が殺したようなもの。そんなの……ダメだよ……。


『残り10秒』


 先生の声だ。みんなの声も耳にうるさく飛び込んでくる。


「加藤!」

「詩音!」

「早く!」

「投票しろ!」


 私は耳をふさいだ。








 もう……嫌だ……






 スッ

 私は涙でぐしゃぐしゃになりながら、指差した。


「さ……榊君が……犯人だと……思う……」




 ピー

 タイマーが鳴った。私は制限時間ギリギリで投票した。多数決の結果、私2票、榊君3票で、犯人に選ばれたのは榊君だ。


「うっ……うぅ……」


 やってしまった。私は最後の最後で、大切なクラスメイトを犯人として名指ししてしまった。理不尽なルールが追加されたとはいえ、自分が助かりたいがために榊君を陥れた。


「詩音……」

「ごめん……ごめんなさい……」


 結希と仁君が優しく背中を撫でてくれる。それでも涙が止まらない。あぁ……私はなんて最低なことをしてしまったんだろう。後悔と懺悔の涙が、私の制服をしわくちゃに濡らした。



     *   *   *



生存者 残り5人


相沢結希あいざわ ゆき(2)♀

加藤詩音かとう しおん(7)♀

霧崎仁きりさき じん(11)♂

榊佑馬さかき ゆうま(13)♂

矢口美穂やぐち みほ(24)♀


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