第43話

「父さん無事?」


馬の蹄を響かせて戦場に駆け込んできたのはガロンの娘であるサシャだった。


普段であれば滅多にしない「父」という呼び方になってしまったのはそれだけ焦っていたということだろう。ガロンの無事な姿を確認した彼女は一先ずホッと息をついく。


だがそれも束の間、戦場にいる人間の視線が全て自分に向けられているのに気がついた。しかもそのほとんどは明確な敵意と、獲物を見定めたかのような嫌な視線だ。


「サシャ逃げろ‼」


茫然としていたガロンがある気配に気づくと大声で叫ぶ。その声でガロンへと視線を向けたサシャの視界に入ったのは彼の前に膝ついていた男の何かを合図するような仕草。


その瞬間に聞こえてきたのはいくつもの空を切る音、見上げた空には大量の矢、その全てがサシャ目掛けて降り注いでくる。


それが目に入ると同時に馬を走らせ避けようとするがなん本かの矢がかすり傷を負ってしまった。


幸いなことにサシャ本人に致命傷になるような怪我はなかったが、乗っていた馬はそうはいかない。


矢が突き刺さり暴れる馬。何とか手綱を離すまいとするが次々と振る矢によってさらに暴れる馬から投げ出されてしまった。

スピードがあったこともあり地面に勢いよく打ち付けられそのまま何回転か転がったところでようやく止まる。


痛む体の節々を抑えて身を起こした彼女の目に入ったのは無情にも再び放たれた2射目の矢の雨。



そのことで茫然としてしまい固まったサシャは降ってくる矢を見つめることしか出来ない。


だがそんな彼女の視線が突然に遮られる。それは見慣れた父親の背中、娘の窮地にガロンが矢の雨とサシャの間に割って入ったのだ。






手に持つ武器を振るい向かってくる矢を切り払う、だがさすがに全てを払うことは敵わない、サシャを背に庇っているためによけることも出来ずに何本かの矢がガロンに突き刺さる。


それでも何とか最後まで受けきったガロンは、3射目が来ないことを確認したあとに後ろのサシャへと声をかける。


「何とかなったかーーー無事かサシャ?」


「私は無事。それより私のせいで倒産に怪我させた…ごめん」


「これくらいは平気だそれより何でーーー」


何でここまで来た かというガロンの問いは背の軽い衝撃によって中断せざるおえなかった。


衝撃ーー背中に抱きついてきたサシャが涙ぐみながら「よかった」と呟いている。

ここまできて先ほどの質問の無意味さを悟った、心配をかけていたことにようやく気づいたのだ。


「サシャさま‼」


「ガロン無事かい?」


声に振り向けばサシャが来た方向からクラン。少し離れた場所からノーマと逃がしたはずのルカまでが姿を見せていた。


ままならぬと感じながらも彼らに声をかけようとしたーーその時。


正面からの殺気を感じて咄嗟に背のサシャを突き飛ばした、それと同時に胸元に走る先ほどとは違う重い衝撃と痛み。視線を下げると一本の槍が己の胸元を貫いていた。


「よそ見しすぎだ。だから言っただろ俺の勝ちだと」


聞こえてきた声の主はグノー。その姿勢は投擲後のままであり、どうやらこの槍は奴が残る片腕で投げたものらしい。


忌々しい感情に襲われながら、どうにか胸に刺さった槍を抜き去るがーあふれでる血、体が後ろに倒れそうになるのを止められない。


「――――いや!」


薄れゆく意識のなかで聞こえたのはサシャの叫び声が響く音だった。





「おのれ! お前がやったのかグノー!」


「誰かと思えばクランの坊主か、ノーマまでいるじゃねーか」


激昂したクランが声をあげてグノーへと向かっていくが後ろから現れた敵に行く手を遮られる。


「ガロンが倒れた?…」


ノーマは未だ現状を受け入れられないのか茫然としたままだ。


「父さん!お父さん?!」


「ごふっー」


倒れたガロンの側でひたすら声をかけ続けるサシャ、そんなサシャとガロンの元へグノーが近付いてくる。


「まだ生きてやがるみたいだな、トドメをさしてやるよ。久しぶりじゃねぇかお嬢ちゃん、まあガキの頃に会っただけだから覚えてないかーーーどけ、それとも一緒に死にたいのか?」


グノーのサシャへと向けられた言葉だったが一心不乱に声をかけ続けるサシャには届かない。反応がないのをみたグノーは戦斧を振り上げた。


「ん? なんだガキ?」


降り下ろそうかとした瞬間に間に飛び込んできた影をみとめたグノーが訝しげな声をあげる。


「な、何って武器をあげるのは止めてください!」


その影はルカ。居てもたってもいられずに動けなくなったノーマの横をすり抜けて飛び込んだのだ。その足は震えて何ともカッコ悪い様子ではあったがなけなしの勇気でもって両腕を広げて立ち塞がった。


「みたところ団の人間とは違いそうだが、まあ良い邪魔するならお前も死ね」


一瞬の瞬巡の後に言葉と共に斧降り下ろそうとするグノー、それでもルカはその場を退く事は出来なかった。


迫る凶器に対して目を瞑るーー1秒2秒と待てど衝撃は来ない、不思議に思うルカの耳に聞こえてきたのは


「やれやれ、どんな状況なんだ?」


聞きなれたオズの声だった。

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異世界追放 獣化の魔王はどこへ行く? 虎太郎 @kuromaru

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