第42話

side another


「火事? どういうことだ?」

「理由は今のところ不明ですが方角からして本陣に間違いありません…それと」


いつも冷静沈着で表情を変えないと言われているその男ですら、感情を表に出さないでいることは難しかった。 男の変化、徐々に増していく圧力にに伝令役と思われる青年は凍りつき動けないでいる。


その男―――クランは一度大きく息を吸い込むと激情を内へと抑え込みいつもの表情―――彼の仕える男の愛娘から「まるで仮面をつけてるみたいよね」と言われる微笑を浮かべた表情――――へと戻した。


「お前はどのような状況か直接確めに行きなさい」


そして凍りついたままだった青年に指示を出すと視線を前へとむける、その先にいるのは彼が何としても守らなければならない相手、団長の一人娘であるサシャだった。


そのサシャは謎の黒い小動物と言い合いをしている真っ最中。この謎の動物についても正体を暴かなければならない必要性を感じていたのだが今は他に優先しなければならないことが出来てしまった。


(まさか恐れていた事態が起きたのか、ならば俺が優先しなければならないのはサシャ様の身の安全だ。しかし本当に何なのだアイツは、反乱が起きたなどと何故知っている? まさか反乱に与しているのか、いやならばその情報を今伝えてくるはずもない。―――考えるのは後回しだ今は)


小動物に対する疑心は更に深まるばかりだ。心の内で荒れ狂う思考を抑え込みサシャへと声をかける。


「お嬢、団の方で問題が起きたようです、急いでお戻りを。最悪ソイツのことばが嘘出ない可能性があります。」


 


 クランの報告を受けたサシャは全速力で本陣へと向かっていた。告げられたその内容に焦燥に駆られる。小生意気なあの動物からその言葉を聞いたときは取るに足らない戯言だと思った。

 しかしそれから直ぐに受けたクランの報告はまさかのそれを肯定するものだった。告げてくるクランの表情は真剣でそれが性質の悪い冗談などではないと嫌でも理解させられた。

 そして生まれた不安は今も少しずつ大きくなってきている。


「煙―――まさか火事? しかもこの方角は本陣?」


 立ち昇るモクモクとした煙を見上げながら思わず大声で叫ぶ。そうでもしなければ募る不安に押しつぶされてしまいそうだった。

 チラッと自分の後ろから無言のままついてきているクランへと視線を向ける。サシャの不安がここまで大きくなっているのには彼にも関係があった。


 ほんの数分前、報告を受けて小動物Bの視線が届かない場所まで来たところでクランからある提案があったのだ。それは「本陣には戻らず、この場から離れませんか?」といったものだった。すぐに怒鳴り返してその提案を却下し本陣に向かっているのである。その意思を告げたときクランは苦々しげな表情を浮かべたが直ぐに従ってくれた。

 彼が反乱に与している可能性は低い、なぜならクランの団長への忠誠が本物だからだ。それはサシャが一番良く知っている。だからこそ団長の娘である自分のことも気にかけていてくれるのだ。

 そんな彼が、団の危機、団長の危機にも関わらずこの場を離れようと言った。その違和感は不安を煽るに十分な理由だろう。



 ーーー実はその理由についてサシャには心当たりがあった。団長であるガロンは彼女に対してとても過保護だ。偶然知ったことではあるがクランに対して「何より優先するのはカリンの身の安全である」と厳命していたのだ。

 もしそれが理由であるのならば即ち、それだけの危険が今団で起こっているという事。危険から自分だけが遠ざけられようとしていることに下唇を噛む思いでもあった。



「止まってもらえますかサシャ様」


 思考の海に沈んでいたサシャを現実に連れ戻したのはクランの静止の声であった。静かな声色ではあったがそれはどこか重い響きを伴っていた。

 顔を上げたサシャの目に入ったのは前方に立ち塞がる10名ほどの男たち。その半分はサシャも見知った団の下っ端たちである。


「何? 何故私に刃を向けているの?」


 その手に持つサーベルの切っ先を向けてくる男たちに対してサシャは感情を一切消した声で話しかけた。


「何って反乱って奴ですよ。あんた等にはもう付いていけない、団は俺たちが貰うんでここで死んでくださいよ。あっ命乞いするってんなら生かしといてやらないこともないですよ。あんた性格はさておき容姿は良いですからね」


 サシャの問いに関する答えは実にくだらないもので、彼女はひとつため息をついたあとで一言を返す。


「……あなたたち馬鹿?」


金属のぶつかりあう音が響き渡る。クランの操る長剣によってサシャへと向けられていたサーベルが弾き飛ばされたのだ。


それは一瞬の出来事だった。サシャが反逆者の言動に悪態をついたその瞬間、相手が反応する暇もなくクランによって首筋に剣を当てられ動きを封じられてしまったのだ。


「クッ」


「今の言動は見過ごせませんね。そんなに死にたいのですか?


クランは底冷えするような視線を目の前にいる男へと向けている。それに身動き出来なくなっていた男だったが何やら薄ら笑いに変わる。


「何を笑っている?」


「へっ、副団長さんあんたに俺が殺せるのか? 確かに腕は確かみたいだが。悪名高き団に入ってみれば拍子抜けするくらいの甘ちゃん集団で驚いたぜ。現にあんたが人の命を奪うところなんで見たことがないぞ。それに死ぬのはあんた達だろう。これだけの人数差を覆せるとでも?」


その言葉にクランが周りに目を向けると反逆者の残り、9人ほどがこちらを取り囲むように剣を向けてきている。

対するクラン側は総勢4人、クラン、サシャ、クランの部下二人。倍以上の開きがあった。

クランの部下は彼自身が選んだ精鋭であり裏切りに加担などしないのだがいかんせん人数は少ない。

サシャは表面上は変化してないようにみえるが相手が元仲間なのだ、内心の動揺はあるだろう。それを考えれば戦力とは見なせない。


軽いため息をついたクランは一度部下達に目配せすると男へ向き直る


「確かに、難しいかもしれませんね。…命を奪わずならですが」


言葉と同時に身を翻し包囲を狭めつつあった敵へと突撃する。突然のことに虚をつかれた相手が目を見開いているうちにその手に持つ長剣でもって敵、元部下を斬りつけた。肩から腰までを一気に斬りつけたその傷はどう見ても致命傷だ。

返り血を浴びながらもその手を止めず二人、三人と続けてその命を奪った。

彼の部下二人もそれぞれに1人ずつを倒したようだ。


それに一番に反応したのは先ほどまで首筋に剣をあてられていた男。己を無視して行われた凶行に声をあげる、優勢だたはずの自分達の味方が一瞬で半数まで減らされたのだ、それも当然だろう。


「な、なんで…仮にも元の仲間だろ、それを躊躇もなくなぜ斬れる? あんだらは甘ちゃんだったはずだろう?」


男の呟きを聞いたクランは近づくと男を見下ろしながら口を開いた。


「それを貴方が言うのですか? 反乱なんてものを起こした貴方達が。それにやらないのと出来ないのは別物ですよ。私は団長の指示に今まで従っていただけです、裏切りなど起こして剣を向けてきた相手に躊躇するわけがないでしょう?」


その様子を横から見ていたサシャの表情には戸惑いが浮かんでいた。


「さて、貴方の命はここで終わるわけですが、死ぬ前にひとつ答えなさい。団長は、ガロン様はどこにいます?」


クランはその剣先を再び男の眼前に突きつけると感情の消えた声で男に団長の行方を聞いた。

それに対する男は顔を伏せるばかりで反応がない。クランが更に剣を近づけたところでようやく男は口を開いた。


「団長サマならこの先にいるよ。まあ無事かどうかは分からないがな、何と言ってもあっちには協力者もいるからな」


男の声は後半にいくにつれて笑いを含むものへと変わっていた。その無いように剣を振り切りたい衝動に駆られるが、言葉の中に聞き逃せない単語、協力者という言葉を見つけて思い留まる。


クランは問いつめようと口を開きかけるが


「お嬢‼」


部下の声によって中断せざるおえなくなった。みればサシャが馬を走らせ奥へと走りだしている。


「サシャ様‼」


「私は父さんのところに向かう! ここはクランにまかせる!」


そう言い残しサシャは走りさってしまう。実際の危機を聞かされて居てもたっても居られなくなってしまったのだろう。


「全くもって忌々しい…」


クランは奥歯をギリッと噛むと、隙に乗じてクランの剣から脱け出し短剣で反撃しようとしていた男の首を一撃で斬り飛ばした。


「問いつめるのはもう無理か。おい‼」


剣に着いた血を拭き取りながら後ろにいた部下を呼び寄せる。残り反乱者達は仲間の無惨な死に様を見て動けなくなっていた。


「この場は任せる。大人しく投降するようなら消す必要はない、捕まえておけ。私はカリン様を追う」


「はい」


部下が頷くのを確認するとサシャの後を追って走り出す。その間に頭の中を嫌な予感が走った。


「協力者か…こんな反乱に協力するような力のある相手といえば」


考えが伝わったわけでも無いだろうが、目の前に行く手を遮る二つの影が現れた。

そのまま押し通ることは出来そうもなく馬を止めざるおえない。


「久しいな」

「相変わらずのようだ」


かけられた声に改めて相手を確認する。


その相手はーー


「やはり貴方達でしたか」


懐かしいと言っても良い相手。それは先ほどの嫌な予感の相手であり。袂を別ったかつての団の仲間であった。


燃え上がる陣地の中で剣劇が響き合う。


「どうした、こんなもので反乱などを起こしたのか?」


大剣を振り回している大男はガロンだ。彼を取り囲むように襲い来る反乱者である若者達を意図も簡単に往なしている。


ルカ達と別れたガロンは陣に戻ると剣を向けてくる反乱者を倒し続けていた。不意を突かれたことで劣勢に立たされていた負傷した味方を逃がし、今ではただ1人で反乱者達に相対している。


ガロンの強さが規格外であることは彼の通ってきたルートをみれば一目瞭然であった。その左右には倒された人の山が出来上がっている。


「化物かよ…」


その強さを前に及び腰になった反乱者達がジリジリと後退していく。ガロンはそれを見て一度剣を降ろすと声を張り上げた。


「さてそろそろ出てきたらどうだ? さすがに気づいてるぞグノー‼」


叫んだのは1人の男の名前。反乱者に支援者がいるだろうとの予測はしていた。最初はその相手が誰なのかは分かっていなかったのだがそれも戦う内に確信といって良いレベルで検討がついていた。


「やはり気づいたかボス」


「お前に今さらそんな呼ばれ方をされる覚えはない」


ボヤキながら現れたのはガロンと同等の体格を持つ大男だった。ガロンは馴れ馴れしい言葉をかけてくる男に対して即座に言い返す。


「一応聞くが何で分かった?」


「お前のやり口は分かりやすすぎる」


このグノーという男は昔のガロンの仲間であった。やり方が合わなくなったことで袂を別った者の1人。


「相変わらずのヒューマン主義のようだな」


ガロンが検討をつけることが出来たのは彼のこだわりに尽きる。今まで相手どった反乱を起こした者は全員がヒューマンであった。これだけの反乱で亜人であるエルフやドワーフ、獣人の団員もいるのにも関わらず、一人も加わっていないのは違和感がある。意図的にそうなるように仕向けたのだとすれば、そんなことをするような相手はヒューマン主義、亜人を認めないという主義を持つ輩だけである。そんな相手で反乱に手を貸すのはグノーしかいないと結論付けたのだ。


「お前が参加してるとなると他の奴等もいるのか。目的はなんだ?」


「そんなの決まってるだろ? 団を正しい姿に戻すためよ‼」


「『正しい』か、笑わせてくれる。盗賊たる我らにそもそも正しさなどあるわけがないだろう」


 相対した二人は言葉を交わしながらも激しくぶつかり合う。ガロンの大剣とグノーの戦斧が何度も何度も交差するとその衝撃で火花を散らす。

 互いに重量級の武器でありながら軽々と振り回し戦い続ける二人に割り込めそうな者はこの場にはいない。周りに出来ることといえば遠巻きに常人とは隔絶した『化け物』同士の戦いをただただ見ていることだけだった。



「ちっ!! 腕前のほうは鈍ってないようだな」


 いつまでも続くかと思われた戦いだったが時間の経過と共に徐々にガロンが優勢となっていた。未だにダメージらしいダメージはないものの、グノーは攻撃の手数が減り受けに回る回数が増えている。


「ふん、お前も前と比べれば強くなったようだが…まだ俺を超えるには至ってないな」


「言ってくれる!!」


 ガロンの言葉に激昂したグノーは斧を大きく振りかぶる、思い切り踏み込みガロンの頭上へと向かって振り下ろされたその一撃は今回の戦闘の中でもっとも早くもっとも鋭い攻撃であった。

 

 しかしガロンはその一撃をも怯まずに少し体をずらすのみで避ける。避けられたことで地面に突き刺さった斧、それを引き戻そうとするその隙をガロンは見過ごさない。

 

 斧を持つその右腕へ向けて大剣を振り下ろす――――――ザンッ


「ぎゃああーーーーーーーぁあ」


 大剣はグノーの右腕その肘から先を切断した、断面から噴き出る大量の鮮血。その痛みによってグノーは絶叫を上げる。

 さすがというべきか並大抵の人間であれば気を失うであろう傷を負いながらもグノーは意識を手放さなかった。絶叫をかみ殺し、残る左腕で己の服を引き破ると右腕へと巻きつけると止血をはかる。それをなしたガロンはその様子を冷ややかな目で眺めていた。


「はぁはぁ」


「…まだ引き下がる気はないのか?」


 肩で息をするグノーに対してガロンは静かな声でまだ戦う意思が残っているかを問いかけた。しかしその返答はなかなか返ってこない。



「・・・・・―-――-っくく」

 

数分の静寂の後に聞こえてきたのは小さな声、それは嘲るような小さな笑い声だった。驚いたことにその笑い声の主は傷を押さえつけているグノーその人。

 怪訝に思ったガロンは剣先を未だしゃがみこむグノーへ向ける。


「何がおかしい? 気でも狂ったか?」


「なぁガロン、何で俺の首を狙わなかった? 腕などではなく首を切り落とすことだってアンタなら可能だっただろ?」


「なんだ死にたかったのか?」


「はあ? 違うさ、ただミスミス勝つチャンスを棒に振ったアンタが不憫に思っただけよ。昔の仲間たる俺に情けでもかけたつもりか、本当に甘くなったんだな、昔のアンタなら俺の命はもうなかっただろうに」


「お前の言い分はまるで勝ったかのような言い様だな、片腕を無くしたお前のどこに勝機があるんだ?」


 ガロンの問いにグノーは不意に耳を澄ますようなしぐさをする。

 

 そして言った言葉とはーーーーー


「ほらアンタの弱点が近づいてくる音が聞こえるだろ?」


 遠くから馬の蹄の音と少女の声が聞こえてきていた。


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