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「ほお、今年から大学生か。そら受験ご苦労さんやったな」

「……ありがとうございます」

「どこの大学なん?」

「……甲西大学です」

「へぇ、有名なとこやな。頭ええんやな」

「それほどでも……」

「喋り方からして、関西のもんちゃうやろ。出身どこなん?」

「一応、東京から来ました」

「そうかそうか。そら、この地下街は歩くの難儀するやろなぁ」

 風見という人は、よく喋る。

 近寄りがたい美貌と感じたのは、今となればほんの一瞬のこと。緊張と不安と警戒で堅くなっている初名に向けて、風見は次々質問を浴びせかけていた。

 そして話している間も、二人の視線は床に向いていた。白を基調としたこのフロアでは黒いお守り袋は目立つだろうということで、目視で探しているのだった。

 話してはたまに笑う。その度、整った面立ちがくしゃりと崩れる。かと思ったら、驚くほど人懐っこい少年のような笑みを作る。

(不思議な人……)

 そう思ってこっそり横顔を見ていると、すぐに気づいてこちらを向く。目が合うと心臓が跳ね上がりそうになるので、そうなる前にまた俯いて目を逸らしてしまう。

 さっきからその繰り返しだ。

 周囲の人は、こんな人が歩いていたらどう思うんだろうか。道行く人を見回してみると、意外にも、皆平然と歩いていた。風見の美貌になどまるで目もくれない。

(大阪ってこんな美男美女がふつうにたくさんいるのかな?)

 失礼ながら、見回してみるとそれほどでもないように思えたが、周りの人の反応は確かに風見を珍しいとは思っていないようだ。

「おーい、聞いとるか?」

「へ!?」

 周りの人ばかり気にしていると、急に風見の綺麗な瞳が目の前に出現した。思わず飛びのくと、風見はからからと快活に笑った。

「ええ動きやなぁ。何か運動やっとったんか?」

「……剣道を少し……」

「そら勇ましいなぁ。どこぞ名のある道場で免許皆伝ちゅうところか?」

「普通の二段です」

「おお、そら大したもんやな」

「……全然、大したことないです」

 褒めてくれたというのに、そっけない態度をとってしまった。しまった、と初名は思ったが、風見はそれほど気にしていないように話を続けた。

「ふぅん、そうなんか。そやけど、何でわざわざ大阪の大学に来たんや? 関東にも頭良うて剣道も強い大学なんぞ、ぎょうさんあるやろ?」

「そうですけど……」

 そう言われるのは、何度目だろう。両親にも教師にも先輩にも、同じことを言われた。

 だけど初名は、頑として曲げなかった。

 そして今目の前にいる風見は、両親たちのような期待などは一切含まずに、純粋な疑問として訊ねている。だからだろうか、答えるのも少し気が楽だった。

「……どうしても会いたい人がいるんです」

「何や、初恋の人とかか?」

「違います!」

「冗談やって。友達とか昔世話になった人とかやろ」

「まぁ……そうです」

「若いのに随分義理堅いなぁ。偉い子や」

 そう言って、風見は初名の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。

「や、やめてください! 子供じゃないんですよ」

「そうか? 俺から見たらだいぶ可愛らしいけどなぁ」

 この「可愛らしい」は容姿に対する誉め言葉ではなく、「幼い」「あどけない」と同義であると、すぐにわかった。

 さすがに高校を卒業した女性に対してかける言葉ではない。初名は憮然としてそっぽ向いた。そして、気付いた。

「あれ? ここ……」

 確かに知らない場所を歩いていたはずなのに、目の前に広がる光景は……さっきも見た場所だった。初名の声と共に、風見もぴたりと動きを止めた。

 先ほど、電車の駅を出て道なりに歩くと、円形の広場が見えた。そこから斜め四方に道が伸びて、おしゃれなファッションや雑貨の店が軒を連ねている。地下だというのに陽光が差しこむ天井と、大理石が使用された床にも装飾が施されていて、まるでヨーロッパの街並みのような空間が演出されていた。

 そのちょっと異国風の街並みに気を取られて迷ったわけだが。

 だが広場を出て歩いてきたはずなのに、また元の場所に戻っているとはどうしたことか。風見の顔を横からそっと窺い見ると、先ほどとは違った神妙な面持ちで周囲を見回していた。

 そして、くるりと初名の方に顔を向けた。これ以上ないほど、爽やかな笑顔で。

「ここ……どこやろな?」

「はぁ?」

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