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 おそらく、声音からして男性だ。年の頃は二十代半ばというところだろうか。身長は初名より頭一つ高く、芯が通ったようにまっすぐ伸びた背筋がこれもまた美しかった。

 その美しい男性は、真っ白な着物を身に纏って、静かに佇んでいた。着流し姿だが、よく見ると素材は羽二重で角帯を身に着けている。普段着であるのに、素材は格調高い様子が、男性の美貌を引き立て、風格すら感じさせた。

 思わず言葉を失くして見入ってしまった初名に、男性はふわりと微笑んだ。

「道、迷たんか? それとも探し物しとるんか?」

「え……あ、はい……どうしてわかって……?」

 驚いて口をぱくぱくさせる初名を見て、男性は可笑しそうに笑った。

「ここに慣れへんもんは、だいたい上の案内板見とるもんや。君はそうやのうてずーっと足元見とったやろ。おまけに上見て呆然としとった。探し物しながら歩いとったら道がわからんようになった……ちゃうか?」

 そんなに細かいところまで見られていたことが恥ずかしくて、初名はまっすぐ顔を見られなくなった。だが男性の声は、あくまで優しいものだった。

「一緒に探したるわ」

「いえ、そんなわけには……」

「俺はもう長いことここに住んどるんやで。主みたいなもんや。ええから任しとき」

 笑った顔は、案外砕けていた。見えない壁に囲まれていたように感じていた美貌の顔が、急に身近なものに感じられた。

「それで、何探しとるんや?」

「あの……お、御守りを……」

「御守り? どんな色や? なんちゅう神社のもんや?」

 初名は指で四角を作って見せた。

「これくらいの大きさで、黒い袋です。『露天神社』って書かれてます」

「『露天神社』……ほぉ。ほな、行こか」

ほんの一瞬、男性の瞳が大きく見開いた。と同時に、男性はくるりと方向を変えた。初名がついてくるものと信じているような様子だ。

 まだ完全には驚きから抜け出せないでいる初名は、その背に向けて懸命に声をかけた。

「あ、あの……!」

 男性は、驚くほどするりと振り返った。初名の言葉を待つその様も、優雅に見えた。

「えっと……どちら様……なんでしょうか?」

 呼び止めたもののかける言葉に迷った初名が何とか絞り出した言葉がそれだった。言ってすぐに後悔した。

 いくら何でも、失礼だ。初名は慌てて頭を下げた。

「ご、ごめんなさい! 私は『小阪初名』といいます! お名前を伺ってもよろしいでしょうか!?」

 返答は、しばらくなかった。怒らせたのかと思い、そろそろと顔を窺い見ると、険しい顔をして何やらぶつぶつ呟いていた。そしておもむろに初名の方に視線を向けると……笑い出した。

「大阪におるのに小阪か! なんやおもろいなぁ! はははは」

「……は?」

 いきなり、人の名前をネタにして笑っている。初名が眉をしかめた様子を見て、ようやく笑うのをやめた……と言うより堪えた。

「すまんすまん。それにしても、名前は『初名』か……なるほど」

「何が『なるほど』なんですか?」

「いや、こっちの話や」

 男性は軽く手を振り、話を流した。それまでの話題を振り払うようににこりと笑うと、右手を差し出した。

「俺は『風見』っちゅうもんや。よろしくな」

「風見さん……苗字ですか? 名前ですか?」

「どっちでもない。ただの『風見』や。怪しい者やないから、早よ見つけよか」

 疑問しかわかない答えではあったが、初名はひとまず、その手を握り返していた。

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