計り知れないもの。それは航海までの遠い道のり

『舟を編む』三浦しをん(光文社)  


 誰でも一度は目にし当たり前のように使っている。あるいは使っていたもの。それが辞書ではないだろうか。現代では媒体も様変わりしスマホやPCに頼るのが一般的とも言えるが、本書は紙の媒体。つまりは辞書作りがテーマになっている。


 どのような過程を経てあの分厚い文字の羅列が出来上がっていくのか、考えたこともないものにとっては一つ一つが驚きの連続だ。最新版の辞書の方が新しい文字が探せる。もちろんそれは間違いではない。しかし、本書を読み終えてしまうと古い辞書でも決して無下にしてはいけないと痛感させられる。


 馬締光也は営業部ではさほど成績も残せず変人扱いされていた。そんな馬締に定年間近となった辞書編集部の荒木は自分の後継者として白羽の矢を立てる。それから馬締光也は新しい辞書作りの為に玄武書房の辞書編集部に迎い入れられることになったのだが、会社的には予算も時間も掛かる割に売り上げは伸びないという辞書編集部の人数は少なく、おまけに別館二階という編集部は建物も古く埃っぽい。


 仕事は一言で地味で根気との勝負のようでもある。しかし、馬締は徐々に辞書作りの魅力に目覚めていく。辞書作りとしてはほぼ実話に近いものだろうが、読了した後にこの玄武書房で作り上げた「大渡海」を手にしたいと思った読者も多いのではないだろうか。実は私もその一人であれこれと検索してしまった。


 手元に置いて末永く愛用してみたい。彼らの情熱を感じるからこそ完成した辞書への思いも膨らむというもので、願わくば架空の辞書ではなくいずれは同じ色合いと名前で発売されて欲しいものだ。

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