無音の会話の中で語られる言葉の重さ

『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』丸山正樹(文春文庫)  


 手話は知ってはいる。ただし、恥ずかしながら挨拶程度のものも使えない。その手話を文字だけで伝えるということも容易ではないだろうが、何より本作を読んで驚いたのは、手話には二種類あるということ。


「日本手話」そして「日本語対応手話」これを知り得ただけでも何か一つ利口になった気がする。もっとも全日本ろうあ連盟の方は手話に種類があるとは考えないらしい。理由は日本語に種類がないのと同じだとか。確かに方言はあってもそれは種類ではない。いずれにしても本作は手話を学ぶためのものではないが、手話の世界に引き込まれることは間違いない。


 耳が聞こえない両親から生まれた耳が聞こえる子供。これをコーダというが、唯一の技能を活かして手話通訳士になった中年男の荒井もコーダであった。仕事も結婚も失敗。さらには現在の恋人とも心を閉ざしていた荒井ではあったが、やがて手話通訳士という仕事にも慣れ新たな生活を送りはじめた荒井のもとに法廷でのろう者の通訳という仕事の依頼がくる。これをきっかけにして、荒井が以前関わった過去のある事件と対峙することになる。


 手話の仕事を淡々とこなしていくだけの話でも読者を魅了することは可能だろうが、そこにミステリーの要素が加わることでより一段と奥深い作品になっている。語る者、そして語れない者とが入り混じる人間模様は時に脳をフル回転させないとストーリーという電車に乗り遅れてしまいそうだ。


 参考文献の多さ、あとがきが二度あることでも作者の思い入れが伝わって来る。もちろん内容も多くのことを読者に訴えかける一作である。

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