第3話:地雷系カノジョの提案


「えっと……」


 イマイチ状況がつかめていない。

 俺が図書室にやってきたらちょうど町灯が電話をしていて、邪魔するのもなんだからそのまま待っていたら彼女のメチャクチャ甘ったるい猫なで声が聞こえてきた。

 ……まあ、そこまでは彼女のキャラ的に合っていたから何の違和感もなかったんだけど、問題はそこから。


 俺が彼女に話しかけたときに、とっさに実里は敬語で対応してきた。いや、別に取り立てて言うべきことではないんだろうけど、普段からタメ口でなれなれしく接してくる彼女が急に敬語を使ってきたもんだから、こちらとしては少し驚いてしまった。


 というか、地味に電話を終えたあとにも「今日もちゃんと可愛く振る舞えたかな」みたいなことをつぶやいてたし。


 つまり……これってどういうこと?


「その……渋谷さん」


 目の前で椅子に座っている町灯は、妙に申し訳なさそうな表情でこちらを覗き込んでくる。窓から差し込む夕日に横顔が照らされてとても綺麗だ。


「渋谷さんはもう気づいているのかもしれませんが、いままで私が演じてきた町灯実里は実はぜんぶ嘘で、素の私はこっちなんです」


「……うん」


「表面上ではタメ口とか使っちゃったりして、ノリノリでイケイケな陽キャの女の子を演じていたのですが、本当の私はこんな感じで気弱で暗くてダサい子で……」


「いや、それは自分のことを卑下しすぎでは」


 町灯は顔だってそこら辺の女子高生の数百倍整っているし、スタイルだってめちゃくちゃいい。

 俺は見たことないが、真司の言葉を借りると「むちむちの太もも」を隠し持っているんだろうし、胸だって今は制服越しだから分かりづらいけど、たしかにある。

 イマドキの女子高生が喉から手が出るほど欲しい要素をほしいままにしている実里が気弱で暗くてダサい子であるはずがない。


「だっ、だから、間違って渋谷さんの前で敬語を使っちゃったときは本当にどうしようかと思って、自分がいままでついてきた嘘が全部バレちゃうんじゃないかと思って、心配で泣きそうになって……っ」


 と、急に顔をゆがめて涙を浮かべる実里をなだめる。


「ちょ、落ち着け落ち着け……って、今度は俺のほうがタメ口になってるし」


 いつの間にか敬語からタメ口に変わっている自分に呆れつつ、それでもなお話を続ける。


「えっと……それで、町灯は俺に何をしてもらいたいんだ?」


「えっ……?」


「その口ぶりから察するに、俺にこのことを黙っててもらいたいとかそんな感じか?」


「あっ……それは、その」


 うつむいて言葉を濁す町灯。なんていうか、普段の彼女と比べるとあまりにギャップがありすぎて少し困惑してしまう。

 たぶん、いまの彼女も頭の中では「確かに黙ってておいてもらいたいけどそれを強要するのはなんだか申し訳ない」みたいなことを思っているのだろう。俺も陰キャだからよくわかる。


「……たしかに、渋谷さんにはこのことを黙ってておいてもらいたいんですけど、こちらが一方的にそれを要求するのはなんだか烏滸がましい気がして」


 ほらね?


「あー、別に俺はそんなこと気にしないから。そもそも町灯の秘密を知ったところで話す相手もいないし」


「そ、そうなんですか……?」


「ああ。俺のコミュニケーション能力を侮ってもらっては困るな」


「……ふふっ」


 と、町灯が軽く笑みをこぼした。

 

「面白い人なんですね、渋谷さんって」


「そ、そうか……? 案外どこにでもいる普通の高校生を自負してるんだけど」


「でも、なんていうか底が分からないっていうか、掴みづらい面白さがあります」


「それは褒められてるってことでいいのか……?」


「はい、褒めてます」


 町灯はうなづく。

 今になって思ったけど、こんなにも長く女子と話したのは本当にいつぶりだろうか。高校に入学した当初は男子ともまともに話せていなかったから、たぶんこれが初めてだろう。

 

「……それでは、わたしの秘密は守ってくださる、ということでいいんですか」


「ああ、約束するよ。誰にも口外しない」


「……っ! ありがとうございます!」


「っ⁉」


 町灯が握手を求めてきた。反射的に手を出してしまったが、これはいろいろと間違えた選択だったのかもしれない。

 涙のにじむ顔をほころばせて、掴んだ手を嬉しそうに何度もぶんぶん振ってくる彼女を見ていたら、なんだか三次元に希望を見出しそうになってしまったからだ。

 ……三次元はもういい。大昔、自分にそう言い聞かせたじゃないか。それが女の子に手を握られたくらいでひっくり返ってどうする。


「……なあ、町灯」


「? はい、どうしましたか渋谷さん」


 なんかもうタメ口が当たり前になってきているがこの際無視だ。


「お前は、地雷系女子を演じているときの自分を『嘘』って表現したよな」


「……? はい、しました」


「でも、事の発端がどうであれ、陽キャに混ざろうと努力してるんだったら別に『嘘』なんて表現を使わなくてもいいんじゃないか?」


「……え」


「『嘘』っていうのはその場しのぎでつくものだ。でもお前の場合はその場しのぎなんかじゃない。ちゃんと長い時間をかけて『本当』になろうとしてる。そうじゃないか?」


 まだ話したばかりの相手になに偉そうな口きいてんだ、と自分でも思うけれど、彼女のあの言葉にはどうも引っかかる部分があった。

 それをそのままスルーしたくなくて、おもわず俺は町灯に声をかけていたのだった。


「……そう言ってもらえて、すっごく嬉しいです。たしかに私は結奈ちゃんや早紀ちゃんとおなじような陽キャの女の子になりたくて、このキャラをずっと貫いてきました」


「だったら『嘘』なんて言葉を使うんじゃない。……『嘘』を『本当』にするんだよ」


「……わかりました。私、どれだけ時間がかかってもいいから、『本当の自分』になってみせます」


 ぶっちゃけ俺にはどうして町灯が陽キャの地雷系女子になろうと思ったのかは分からない。だけど、自分と同じような境遇にいる女の子が必死にそこから這い上がろうとしているのだったら、応援することくらい俺にだってできるはずだ。

 ……なんだか今日はとんでもないことを知ってしまった。女子高生のあこがれの的である町灯実里が、実は自分に自身の持てない陰キャ女子だった。しかもメチャクチャ素直で可愛い。いや可愛いのは元からか。


「じゃあ、俺はこれで」


 彼女に手刀を切ると、俺は棚の上に放置していた返却箱を担いで本を戻す作業に移る。ちょっとばかり彼女の話に時間を割きすぎてしまった。これでは図書室の閉館時間に間に合うかどうか微妙なラインだ。

 文庫本を両手に抱えて四苦八苦する俺を見て、町灯は依然として棒立ちを続けている。もう言うことも聞くこともないと思うのだが、まだ何かあるのだろうか。


「……あっ、あの!」


 突然彼女が大きな声で俺を呼ぶ。


「な、なんだ」


「わたし、渋谷さんに言われた通り『本物』になりたい……。だから、ぜひ渋谷さんに協力を仰ぎたいんです」


「俺が協力?」


「はい。あ、でも具体的に何をどうしてほしいとか、そういうわけではなくって」


「ん……?」


 思考が固まっている俺を見計らって、町灯は夕風に乗ったような爽やかな声色で告げた。


「わたしの……恋人になってくれませんか?」


「は……はいっ!!?」


 バタバタバタ! という轟音がして箱の中の本がすべて床にぶちまけられた。だけどそんなことに気を使っている場合ではない。

 ……いま、この子、なんて言った⁉


「私はいつか、結奈ちゃんや早紀ちゃんみたいな『本物』の陽キャの女の子になりたいんです。地雷系っていうのはあとあと結奈ちゃんにキャラ付けされたものなんですけど、とにかく『地雷系女子』として今のわたしに足りないもの……それは恋です」


 なんだこいつ。こいつは一体何を言っているんだ。


「わたし、いままで恋人なんて出来たことがなかったので、イマイチ彼氏がいる感覚がよく分からないんです。でも陽キャの女の子ってほとんどみんな彼氏がいるみたいで……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。それは早計だ。なにも周りの女の子が彼氏持ちだからって自分まで彼氏をつくる必要は――」


「でもわたし、普通に恋愛というものをしてみたいんです」


「…………」


「等身大の女の子らしく、誰かを好きになって、ときには妬いたりケンカしたり……とにかくそんな誰もが思い描く『青春』を、感じてみたかったんです」


「そ、それなら俺以外にもイケメンなんて山ほど……」


「いえ、これは渋谷さん以外には頼めません。なぜなら私の秘密を知っているのは渋谷さんのほかにいないからです」


「……あ~」


 よし、八方ふさがりだ。

 俺はこのあとどんな反応をすればいい? 普通に彼女の告白を承諾すればいいのか? それともいい感じにごまかしてこの話をなかったことに……。


 ……って、待てよ? そもそもこれは告白でもなんでもないだろう。『恋人になってもらいたい』というのは彼女が提示する協力の内容であって、決して彼女が心の底から俺が好きでそのような提案をしたわけではない。


 つまりは『偽装カップル』というわけか。漫画やラノベでさんざん見てきた展開ではあるが、まさか俺が当事者になるとは思いもしなかった。人生とは本当に何が起こるか分からないものだ。


「つまり、町灯は『陽キャ』の感覚を味わうために俺をニセ彼氏としてみんなに紹介するってことか」


「そ、そういうことになります……。なんだか道具みたいな扱い方をしてしまっているようで大変申し訳ないです」


 いえ、こちらこそ町灯さんの彼氏になれて光栄です。むしろ頭を地面にこすりつけて感謝したいくらいです。


「あっ、でもその代わり、今日からはわたしが渋谷さんの身の回りのお世話をしてあげるので、それでチャラということにはならないでしょうか……」


「……んん?」


 身の回りのお世話?


「あれ、渋谷さんって一人暮らしでしたよね」


「え、そうだけど」


「高校生で一人暮らしというのは、なかなかに大変なことだと思います。なので、微力ではありますが何かわたしが渋谷さんのお手伝いを出来たらな、と」


「いや、その気持ちはありがたいんだけど……え、なんで俺が一人暮らしだって知ってるの?」


「だってわたし、渋谷さんの部屋の3つとなりに住んでますから」


「……え?」


「一年前、渋谷さんがこちらに引っ越してくるときにたまたま見かけて、そのときに『あ~、渋谷さん一人暮らしなんだ~』って思って」


「……え?」


「とにかく、それでどうでしょうか。交換条件、成立するでしょうか」


「え、いや、俺としてはメチャクチャ嬉しいくらいなんだけど……」


「ホントですかっ? 嬉しいです!」


 ぴょんぴょんと跳ねて喜びをあらわにする町灯。なんだか子犬っぽくて大変微笑ましい。

 いやそんなこと考えてる場合じゃないだろ! あの町灯実里だぞ⁉ あの町灯実里が偽装ではあるけれど一定期間自分の彼女になって、しかも身の回りの世話をしてくれるんだぞ⁉ 


「……これなんてエロゲー?」


「はい?」


「ああいや、こっちの話」


「えっと、では本日の夕ご飯の際にそちらにお伺いしたいのですが、不都合などありますか?」


「いえ不都合などいっさいないです。というか不都合があったらその不都合をぶっ潰してやります」


「では、午後7時くらいでどうでしょうか」


「ああ……わかった」


「その時間にお料理を持っていきますね。なので玄関は開けておいてくれると助かります」


「はあ……」


 町灯はそれだけ言うと、本棚のほうへ戻っていく。

 やがてお目当ての本を見つけたのか、一冊の雑誌を持ってカウンターへ向かった。

 彼女の持っている本をよく見ると……「地雷系ファッションのあれこれ」というファッション誌だった。


 ……やっぱり、あのとき町灯が返却した本が女子高生の流行にまつわるものだったのは、単なる偶然ではなかったらしい。

 彼女は、必死に陽キャになる勉強をするためにああいった本を借りていたのだ。


「題名みたらすぐ気づきそうなもんなんだけどな……俺の馬鹿野郎」


 そのとき、俺は初めて流行に疎い自分を呪った。

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クラスメイトの地雷系女子が実はめちゃくちゃ素直で可愛いことを俺だけが知っている こんかぜ @konkaze_nov61

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