エルフが鳥を焼く物語

芦原瑞祥

焼き鳥とは

「『焼き鳥が登場する物語』、かぁ」

 とある小説投稿サイトのイベントお題を見て、俺はつぶやく。「焼き鳥」じゃなくて「焼き鳥が登場する物語」なのはどうしてなんだろう? 「登場」という言い回しなのだから、この場合の「焼き鳥」は固有名詞っぽい扱いなのか?

 そんなことばかり考えていたら時間がどんどん過ぎて、締切が近づいてくる。


 焼き鳥が登場する物語、焼き鳥が登場する物語、と俺がブツブツつぶやいていると、同居人のシルフが「ご飯だヨ」と呼びに来た。中学生くらいに見えるが、少なくとも俺の三倍は生きている。


 彼女はある日突然、異世界から転移してきた、いわゆるエルフらしい。名前は、人間には到底無理な発音の羅列だったから、風の精をあらわす「シルフ」というあだ名で呼んでいる。


 シルフは異世界への戻り方がわからないらしく、最初はパニックをおこして狭い部屋の中を飛び回っていた。が、やがて帰れないことを悟ったのか、「こいつの世話になるしかないのか」という諦観の表情を浮かべながら、俺とコミュニケーションを図ろうとしてきた。

 

 言葉も通じない、ジェスチャーもわからない。何を食べるのか、食べてはいけないものはあるのか、排泄はするのか、まったくの手探りだった。が、シルフは非常に優秀で一度見聞きしたものを忘れない。だから日がな一日アニメやドラマを観て日本語をマスターし、本を読んで知識を蓄えた。

 俺が会社に行って帰ってくると、「お帰りなさい」と言ってテーブル一面の料理で出迎えてくれたときは、帰る部屋を間違えたと思っていったん出て行ったくらいだ。(ちなみに料理は魔法で出したらしく、見かけは抜群だが味がまったくしなかった)


 以来、シルフは魔法で家事をやってくれている。本人は「等価交換」と言っていたが、住処を提供してもらう御礼、くらいの意味だろう。


 シルフと一緒にリビングへ向かい食卓につく。俺は「焼き鳥……物語……」とつぶやいて閃きを待った。それを聞いたシルフが首を傾げる。


「焼き鳥ガ食べたいノ?」


 俺の席には、何も乗っていないお皿が置いてある。シルフが魔法で、リクエスト通りの料理を出してくれるのだ。レシピを知っているものでないと、無味無臭という羽目にはなるが。


「そうだな、久々に焼き鳥を食べてみたいかも」


 俺がそう言うと、シルフは小さく呪文を詠唱し、右手を皿の上にかざした。

 シルフの手のひらから光がこぼれ、いつの間にか皿の上には、小さな生きた鳥が乗っていた。そばには、しおれた薔薇の花が一輪。

 夜告鳥は美しい声で鳴いた後、意を決したように薔薇へと近づき、その棘に自らの胸を突き刺そうとした。


「『ナイチンゲールと赤い薔薇』ー!!」

 俺はあわてて小鳥の自死を止めた。


 この鳥は、「好きな女とダンスを踊るために赤い薔薇が欲しい」とのたまう頭でっかちの学生のために、しおれた薔薇に自らの血潮と歌声をささげて赤くした後、死んでしまうのだ。


「ダメだって! あのアホ学生は結局女に振られて、君、犬死になんだよ、鳥だけど」


 ジタバタと暴れる鳥をそっと両手でつかまえる俺に、火の玉を右手に浮かび上がらせたシルフが言う。

「今、焼くカラ。ちょっと離れてテ」

「あかんー!!」


 俺はあわててシルフを止める。

 あれか? 俺が「焼き鳥」に加えて「物語」ってつぶやいたから、シルフは「物語の鳥」を出してきたのか?


 まだ生きている鳥を焼いちゃいけません、と俺はシルフに言い聞かせる。本当は命を奪っちゃダメと言いたかったが、他の生き物の命をいただかなければ生きられない身としては、それを言っては欺瞞になる。


 とりあえず夜告鳥に、「あのアホ学生は、『薔薇なんかより宝石がいい』と女に言われてフラれるから放っておけ」とアドバイスし、元の物語世界に帰っていただく。


「焼き鳥、要らなかったノ?」

「今のは焼き鳥じゃないでしょ」

「ソウカ、それハとんだ孔明の罠ダ」


 シルフはアニメやドラマで日本語を覚えたから、たまに変な台詞を会話に混ぜてくる。どこで覚えてきたんだ、人を司馬仲達にするな。


「じゃア、今度こそ焼き鳥」

 そう言って、またシルフが手のひらを皿の上にかざす。今度は、灰色のうぶ毛に黒いくちばしの雛鳥が出てきた。アヒルっぽいけど、ちょっと違う。


「あ、『みにくいアヒルの子』か。……いや白鳥の雛、かわいいじゃん!」


 またしても焼こうとするシルフを止め、「君は美しいよ」と白鳥に言い聞かせてから元の世界に帰ってもらう。


「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」

「いや、俺、エヴァには乗らないよ? あと、君の台詞の使い方はちょっと間違っていると思うんだ、シルフ」


 そのあともシルフは、黄金のガチョウを出したり、恩返しする鶴を出したりしした挙げ句、燃やそうと試みた。幸せの青い鳥を燃やそうとしたときは、「燃やすなら、しょっちゅう炎上してる方の青いつぶやき鳥にして!」と叫んでしまった。


「もう! シルフはなんでそんな執拗に燃やそうとするんだ。鳥に村でも焼かれたのか?」


 思わず言った俺の言葉に、シルフが硬直する。

「村……焼かれタ……」


 こわばった顔のシルフを見て、俺は思い当たる。

 もしかしてシルフは、あちらの世界で村を燃やされ、命からがら逃げてきたのではないのか。

 家族を奪われたトラウマを受け入れるためにお墓を作る遊びを繰り返す、という映画があった。シルフも、何らかのトラウマから無意識に、鳥を焼こうとしているのかもしれない。


 何だか泣きたくなって、俺は膝をついてシルフの両肩をつかんだ。

「ごめんよ、シルフ。嫌なことを思い出させてしまったのかな。もう料理はいいから。……そうだ、今日は外へ食事に行こうよ。給料が入ったから、ちょっとリッチなんだ。鳥豪族で焼き鳥を食べよう。鳥釜飯もあるし、デザートもおいしいよ」

 

 シルフは「トリゴ?」とつぶやき、表情をゆるめた。

「そうだ、トリゴ、行こう」

 ようやく笑ってくれたシルフが、「トリゴ、トリゴ!」と歓声をあげる。たぶん鳥豪族が何かはわかっていないけれど、俺が楽しそうにしているから喜んでいるのだろう。


 俺は、外出用に買っておいたゴスロリっぽいコートを取ってきて、シルフに着せる。レース生地のフリルとケープがかわいい黒のコートが、予想以上にシルフに似合っていて、俺は思わずドキリとしてしまった。

「そういや、外食って初めてだな。……なんかデートっぽいね」


 そのとき、トリゴトリゴとはしゃぎながらシルフが言った。


「初デートにトリゴ行く男って、アリエナーイ」


 ……意味わかってて言ってたら、俺、泣いちゃうよ?

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エルフが鳥を焼く物語 芦原瑞祥 @zuishou

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