第30話:早く自習室に入れよ
***
「竹富。じゃあそろそろ自習室行くか」
「うん」
講義が終わる時間だ。
これから自習室は生徒が増える。
小豆はちゃんと自習やりに来るかな……?
「そうだ銀次。いつ行く?」
「いつって今でしょ」
「え? 今から行くの? もつ鍋」
自習室かと思ったら、もつ鍋の話かーい!
そう言えば竹富はLINEでそんなこと言ってたな。
「違うわい。自習室だよ」
「あ、そっか。じゃあもつ鍋はいつ?」
「お前、そんなにもつ鍋好きなのか?」
「あ、別にそうじゃないけど……美味しそうな店を見つけたからさ」
「そうだなぁ。俺は別にいつでもいいけど」
「うん。じゃあ来週行こうよ」
「うん、いいよ」
めっちゃもつ鍋推すよなコイツ。
はらぺこむしかよ。
自習室に向かって廊下を歩いてたら、講義が終わった奄美さんと会った。
「香川さんね。今日は今までよりも熱心に授業聞いてたわよ」
「そうですか」
「うん。さすが佐渡君!」
「あ、いえいえ」
「後はこのモチベーションをいかに受験まで保つかよね」
「そうですね」
「よろしくね」
うわ、ウインク。
可愛すぎる。
こんな美人にウインクで頼まれたら『はいがんばります』の一択しかないだろ。うん、それしかない。
でも確かにそうだよな。
大学受験は長期戦だ。
これから半年の間、小豆がモチベーションを維持するために、なんらかのサポートはしてあげないとだめだろうな。
自習室に着いて定位置の机に着席した。
それからしばらく事務仕事をしてたら、入り口から身を乗り出して中を覗き込む金髪が見えた。
なにやっとんだアイツ。
早く入って来いよ。
──あ、逃げやがった。逃すかよ。
廊下に出たら、ちょっと離れたところに小豆がいるのが見えた。
なに逃げ腰でこっちを窺ってんだよ。臆病な小動物ちゃんかよ。
「何やってんだ。早く自習室に入れよ」
「あ、いや……やっぱ今日は帰ろうかなって」
なんだ。もうサボり虫が出てきてやがる。
「アホか。自習しろ」
「えっと……銀はあたしに来てほしいわけだね。うんうん、わかるよわかる」
なにが『うんうん』だよ。
まあ勉強してほしいって意味では、自習室に来てほしいのは間違いないけど。
「ちょっとアンタ。年上に向かって『銀』なんて呼び方はないでしょ。失礼だよ」
「……え?」
竹富か。なんでここにいるんだ?
自習室で仕事しろよ。
「なによ。呼び方なんてあたしの自由でしょ」
「ダメだよ。さんづけで呼びなさい」
「待てよ竹富。俺は気にしてないから」
「銀次は気にしなくても、私は気になるの。人に失礼なこと言ったらダメでしょ」
──いやそれ、お前が言うかっ?
高校時代なんて、竹富に失礼なこと何度も言われたぞ。
「むぐぅ……」
「あ、小豆。気にすんな。俺は別に構わないから」
せっかく小豆が勉強やる気になってんだ。
呼び方なんてどうでもいい。
「銀次……さん……」
「え?」
「銀次さん」
「お、おう。なんだ小豆」
うわ。
くそ生意気な小豆に『銀次さん』なんて呼ばれて……なんか今ドキドキした。
素直な女の子みたいに感じた。
小豆が可愛く見える。
ヤバいぞコレ。
「銀次さん」
「えっと……なんだか照れるな。あはは」
「ヤバ……これいいかも」
「何がいいんだよ?」
「別に気にしないでいいよ。銀次さん!」
ん……確かにちょっといいかも。
──なんて思ってる俺。血迷うなよ。
「ちょっと香川さん。なんで名前呼びなのよ。佐渡さんって呼んだら?」
「でもアンタだって銀次って呼んでるじゃん? ……竹富
「わ、私はいいのよ。銀次と同級生なんだから」
なんでだよ。竹富だって俺の許可なく勝手に名前呼び捨てにし始めたくせに。
ワガママなヤツだなぁ。
「もういいって竹富。名前呼びでも俺は気にならないから」
「ですって竹富サン。きしし」
「うぐぅ……まあ銀次がそう言うなら……」
「勝った」
「は? 私、負けてなんかないから」
コイツらホントに、自分の主張を通したがるなぁ。
まあ気の強い似たもん同士だからな。
お互いが気に食わないんだろうな。
勝ったも負けたもないだろが。それこそコイツらいったい何と戦ってるんだ?
勝とうが負けようが、何も得るものはないだろ。
アホだなコイツら。
「とにかく小豆。自習室で勉強するってことでいいな」
「はぁーい」
ニヤニヤと竹富を見ながらの返事。
なんだ、その勝ち誇ったような顔は。
こらこら竹富も、そんな怖い目で睨み返すんじゃない。
でもまあ小豆が素直に『はい』って言うなんて。
可愛いとこあるじゃないか。
ちょっとは勉強やる気になってくれてるってことだな。良かった。
***
「銀次さん。ここ、ちょっと質問なんだけど」
「お、おう小豆か」
俺のデスクまで小豆が質問に来た。
まだ銀次さんなんて呼ばれ慣れてないから戸惑うな。
それにやっぱり照れ臭い。
新婚夫婦かよっ!
──うわ、しまった。
あるまじき考えが浮かんでしまった。
ヤバすぎる。
「ねえ銀次さん。どうしたの?」
「え? あ、いや。なななんでもない」
「ふぅーん……変なの。ふふっ」
──あれ?
マジでコイツ、なんだか素直だな。
素直な態度だと可愛く見える。
なにせ小豆は元はかなり美形だからな……
「香川さん。質問なら私が答えてあげるから。こっち来なさいよ」
──え? 竹富が小豆に手招きしてる。
小豆を毛嫌いしてるはずなのに……
そっか。竹富もとうとう反省して、ちゃんと仕事する気になったんだな。
俺は今、モーレツに感動してるぞ竹富。
ってぼーっと竹富を眺めてたら、ニコと笑われた。
コイツも親切な姿を見せたら可愛い。
いや、ちょっと待って!
今日の俺はおかしい。
小豆も竹富も可愛く見えるなんて。
「やだよ。あたしは銀次さんに質問に来たんだから」
「いいからこっちおいでって」
「やだよ」
あちゃ。やっぱりコイツら言い合いかよ。
二人とも「ふぅーっ、ふぅーっ」なんて鼻息荒いぞ。
まるでメスネコ同士のケンカだ。
女って……怖い。
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