第28話:勉強なんてやる気ないから<完全小豆視点>

***


「ぎっ、銀!? なんでここにいんのっ!?」


 なんか必死な顔したアイツが、そこに立ってた。


 顔真っ赤だし、汗ダラダラ流してるし、息は荒いし。

 もしかして走って来たの?

 あたしのために……?


 いやいや。あたしなんかのためにこんな必死になって……やっぱ銀ってバカなの?


「お前がやめるなんて言うからだよ。何があったんだ? 親にやめろって言われたのか?」

「うん……ま、まあね」

「やめたくないって、ちゃんと主張したのか?」

「ん……別に。だって元々あたし、勉強なんてやる気ないから」

「なんで?」


 んもうっ、なんでそんな真っ直ぐな目で見んのよ。

 せっかくやめるって納得したのに、決心がぐらつくじゃん。


「ウチは両親もお姉ちゃんも帝都大なんだ。だから勉強できないあたしはダメなヤツだって思われてる。それで無理矢理塾に行かせられてんだよね。無理矢理なんて意味ないのに」

「そうなのか……」

「だからあたし決めてるんだ。絶対に勉強なんかしない。親のやり方が間違ってるって証明してやるって」

「なあ小豆」

「なに?」


 小豆は可哀想だなって言ってくれるよね?

 酷い親だって同情してくれるよね?


「お前、やっぱアホだな」

「……は?」


 なにぃーっ!?

 こんなヤツ、やっぱ頼りに思うんじゃなかったぁ!

 あたしのことをわかってもらえるってちょっとでも思った十秒前のあたしっ! アンタを殴ってやりたいっ!


「どうせあたしはアホだよ。だから勉強できないって言ってんじゃん」

「ちげーよ。学力の話じゃない。そんな戦い方すんのはアホだって言ってんだよ」

「戦い……方?」

「小豆はいったい何と戦ってんだよ」

「何とって……別に?」


 なに言ってんの。戦ってなんかないし。

 銀の言うことがわかんないんですけど?


「親と、しかも勉強しないなんていうマイナスな戦いをしてお前に何の得があるんだよ。それで親は反省するのか?」

「反省……するかもしんないじゃん……」

「アホか。しないよきっと。どうせ戦うなら自分と戦えよ。昨日の自分ができなかったことが、今日の自分ができたら嬉しいぞ」

「自分と……戦う?」


 くっさ!

 なにそんな臭いこと言ってんの?

 暑苦しいだけじゃん。


 ──って今までのあたしなら、それしか感想なし。


 だけど……なにこれ?

 グッときちゃった。

 どうしたのあたし? ヤバくない?


 だってこの人、本気であたしを心配してくれてるって感じがバシバシするんだもん。


 最初に会った時は、エロい目であたしを見てるって思った銀の目なのに。

 なんか今は『なんでそんな優しい目で見てるの?』なんて思っちゃってる。


 しかも銀がキラキラ輝いて見える。


「あのさ小豆。俺、高校まで偏差値めっちゃ低かったんだよ。部活してるから仕方ないって自分に言い訳してさ」


 そう言えば高校まで偏差値低かったって、友香ちゃんに言ってたな。


「浪人して頑張って、無理だと思ってた青大に合格できたんだ。でも後で振り返ったら、高校時代は自分に言い訳してただけだったなって」

「でも銀は結局がんばったんだから、いい……んじゃない?」


 なにあたし、上から目線で言ってんの?

 やっぱバカだ。

 そうじゃなくて、すごいねって言いたかったのに。


「そうだな。ありがとう」

「だからあたしだって頑張ったら青大合格できるって言いたいの?」

「いや、保証はできん」

「……は?」


 何それ?

 そういう話の流れじゃないの?

 俺がお前を合格させてやるぅーって、ドラマみたいな展開。


「受験なんて運もあるし、絶対なんてもんはない。結果が出るとは限らない。だけど頑張って自分を伸ばしたことは後になっても自分の役に立つし、自信になると思うんだ。これって俺が浪人することになった時に、伯父さんが言ってくれた受け売りだけどね」


 うわ。そんなキラキラの純真な目で語らないでよ。

 すっごく『深イイ話』聴いてる気になっちゃうから。


「だから俺、もしも青大に合格しなくても、前向いて大学生になれたと思う。だって自分なりにベストを尽くした浪人時代だったからな。悔いはない」


 あ、ダメ。そんな顔されたらキュンときたじゃん。


 ……って、なななな何をあたしは言ってんのっ?

 そんなことないからっ!

 べ、別に銀を好きとかじゃないんだから。


「どうした小豆。大丈夫か?」

「な、何が?」

「顔真っ赤だぞ。熱でもあるんじゃないか?」

「うわっ、ややや、やめてよっ!」

「あ、ご、ごめん! つい……」


 おでこに触られるなんて絶対ヤダ。

 だってバレバレだもん。顔あっつ。


「でもさ小豆。行きたくなったか青大」

「あ……まあ、ちょっとだけね」


 もしあたしが青大に入れたら、銀とおんなじ大学ってことだよね。そしたら大学生になっても……


 ややや、そんなことは期待してないからっ!

 何考えてんのあたし?

 これって熱のせいだよね。

 のーみそがオーバーヒートしてるっぽい。


「そっか。じゃあ勉強頑張れよ。お前がホントは問題を解きたいって思ってるのわかってるから」

「え? ……どういうこと?」

「だって模試の答案。今持ってる自分の力は全部出そうとしてたじゃん」

「あ……」


 バレてた。


「だからさ、頑張れよ。自分のために。俺は小豆が受験終わって、この塾に出会えてよかったって思ってほしい」


 あんなに色々、酷いこと言ったあたしに。

 この人は何言ってんの?

 本物のバカなの?


「それって……銀に出会えてよかったって言わせたいのかな?」


 うわ、あたし何言ってんの?

 信じらんない。

 なんであたしって、考えてることと違うこと言っちゃうのかな……


「アホか。やるき館には奄美先生だっているし。……あ、そうだ、お前の大好きな八丈先生だっているだろ」


 な、何言ってんの?

 別に八丈先生好きとかないし。

 確かに最初はカッコよくていいなって思ってたけど今は別に……


「だからそういう人たちに教えてもらって、ちゃんと自分が成長できたらそう思えるだろ。この塾と出会えてよかったって。実際に志望校に合格するかしないかに関わらずさ」

「あ……だよね」


 で、でもっ。銀に出会えてよかったって、もう既に思っちゃってるんだけど。

 どうしてくれんのよ、このバカ。


「で、でもさ。そんなこと言いながら、銀は俺がなんとかしてやるっ、とか思ってたりしちゃったりなんかして……ははは」


 いや、ちょっとあたし何言ってんのかわかんない。

 そんなこと期待したら、『違うわい、アホか』って言われて凹むだけじゃん?


 銀なら絶対にそう言うし。

 間違いないし。

 早めに冗談だって否定した方がいいよね。


「あの……それは、じょ……」

「わかった。俺なりに全力を尽くす。やってやろうぜ」

「あ……?」


 待って待って待って!

 何それっ!?


 銀、めっちゃイケメンなんだけどっ!

 セリフもそうだし、見た目も八丈先生みたいに……ううん、八丈先生なんかより、もっともっとイケメンに見える。


 ヤバたん過ぎるっ。

 キュンとした!


 めっちゃカッコ良すぎるんだけど、あたしどうしたらいい?


 もしかしてあたし……銀のこと、めっちゃ好きじゃん?


 いやいやいや。違う違う。

 なに言ってんのあたし。

 パニクってるだけだよね。


「いいか小豆。がんばるか?」

「は……はい」


 うわ。素直に『はい』なんて、まるで乙女だ……


 こんなのあたしのキャラじゃないし。

 まるで王子様に結婚しようって言われて、素直に答えるお姫様みたいじゃん。


 王子様……結婚……

 うっわ……顔からボワって火が吹き出した。


「ところで問題は、小豆の親が塾を続けるのを認めてくれるかどうか……だな」


 ──あ、そうだった。


 乙女ちっくにオロオロしてる場合じゃなかった。


「あ、うん。だね」

「どうだ? 認めてもらえそうか?」

「わかんない。でも……ちゃんと話してみるよ」

「そうだな」

「だって銀が、そんなにあたしに残ってほしいって言うんだからね。仕方ない」

「……は?」


 あ、しまった。

 なんであたしって、すぐにこんなこと言っちゃうんだろ……ホントバカ。


「俺は……小豆に塾に残ってほしいぞ」


 ──え?


 んもうっ、なにそれっ?

 そんなイケメンなセリフ吐くの反則だし!


 ヤバ……なんか……『しゅき』とかいう単語が頭に浮かんだんだけど。何これ?


「だから逃げないで、キレないで、わかってもらえるまでしっかりと親と話せよ」

「ん……わかった。親と話してみるよ」


 思いっきり冷静なフリして、そう言うのが精一杯だった。


 ──もうダメ。

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