第23話:睨み合い

***


 本日メインの講義が終わる時間だ。

 色々と作業をしてたらあっという間に時間が経つな。

 竹富も真面目に仕事をしてたし、まあよかったな。


 そろそろ講義が終わった生徒たちが自習室に向かうピークタイムだ。

 俺も自習室に移動するとするか。


「竹富。自習室に行くぞ。案内するよ」

「自習室?」

「ああ。チューターはできるだけ自習室に入って、生徒の質問に答えるのも大事な仕事なんだ。要領を教えるから一緒に行こう」

「うん。わかった。よろしくね、佐渡さどセ・ン・パ・イ!」

「か……からかうなよ」

「うふ」


 うわ、竹富が可愛く見えてしまった。

 こいつのあざと作戦の術中にはまるとは不覚だ。

 気をつけよ。




 自習室に向かって廊下を歩いてたら、前から現れたのは金髪ギャル。

相変わらずスカートは短いし、胸元は広がって谷間が見えそうだ。


 ……そ、それはどうでもいいんだけどな。


 講義が終わって教室から出てきたんだな。

 ホントこいつ、よく出くわすなぁ。


 いや、他の生徒は同じ子と何度かすれ違っても無意識だけど、小豆あずきは目立つからだな。

 決して遭遇確率がこいつだけ高いわけじゃなかろう。


「あの子めっちゃ可愛いよな」

「ホントだな。だけど俺たちなんか相手にされないよな」

「同意」


 真面目そうな男の子達が、小豆を眺めてそんなこと言ってる。アイツ人気あるじゃんか。

 確かに小豆は顔だけはいいからな。顔だけは。


 あ……小豆がこっちに気づいた。

 近づいてくる。


「おい小豆。自習して帰れよ」


 ──しまった。


 さっき公園で『ぜったいに、誰にも質問なんかしない』って拒否られたから、コイツにはもう関わらないでおこうと思ってたのに。


 顔見たら、ついお節介を言ってしまうじゃないか。

 俺の悪い癖だ。


 コイツが近寄ってくるから悪いんだ。


「へぇ~。『俺のとこに質問に来てください』ってあたしにお願いする気になったのかなぁ?」

「アホか。そんなんじゃない」

「照れるな照れるな。頼むんなら行ってあげるよ?」


 アホか。なんで俺が頼むんだよ。


 いや……来てくださいって言えば小豆が勉強するなら、ポーズでもそう言うべきなのか?


 ──いやいや、そうじゃない。


 勉強なんてもんは、他人にお願いされてやるもんじゃない。

 本人がやる気にならなきゃ、ちゃんと頭に入らないだろうし。


 いったいどうしたら、コイツがやる気になるんだよ?

 超難問だ……


「ねえねえ佐渡、なにやってんの? 早く行こうよ自習室」

「おわっ?」


 なんだよ竹富。いきなり腕にしがみついてくんなよ。

 お前の場合胸が大きいから、腕に当たるんだよ。

 しかもここ、塾ん中だぞ。


「ねえぎん。だれ、その女?」

「……は? あんたこそ誰よ? しかも高校生のくせに銀なんて偉そうに」

「待て待て竹富。この子は香川かがわ 小豆あずきさん。進学コースの高三の子だよ。生徒さんに向かっていきなりケンカ売んなって」

「ふぅん……いきなり『その女』呼ばわりしてきたのはそっちだし」

「あ、小豆。この人は俺の高校の同級生で竹富さん。今日からチューターでバイトに入ったんだ。よろしくな」

「……」


 なんで無言で睨んでるんだよ小豆。

 怖すぎだろ。


 まあ俺との初対面の時もこんな感じだったから、コイツの初対面対応はこれがデフォなんだろうな。


「ねえ、銀次ぎんじ。早く自習室に行こっ!」

「おい、だから引っ張んなって……しかもなんでいきなり名前呼びなんだよ?」

「だって高校生に『銀』とか『銀ちゃん先生』なんて呼ばれてるんだよ? だったら同級生の私だって名前呼びするのが自然ってもんでしょ」

「なんだよ、その謎理論!? 自然か?」


 竹富のヤツ、年下の高校生に偉そうに言われて対抗心が燃え上がったな。

 自分の方が偉いんだってマウントを取るために、俺の名前を呼び捨てにするとか……ガキの発想かよ。


「……って、だから引っ張んなって。わかったよ。行くから引っ張らないでくれ!」


 ああ、もうっ。なんでコイツ、そんなに自習室に行くのに積極的なんだよ?

 意味わかんねぇ!


 そして小豆も、そんな怖い目で睨んで見送らないでくれよっ!



***


「ここがチューターの指定席だ。あっちに予備の机があるから、竹富はあそこに座れ」

「うん、わかった」


 案外素直に指示に従ってるな。

 さすがにいつも俺を小バカにする竹富でも、バイトの先輩としての意見は素直に聞くのか。まあ常識のあるヤツでよかった。


 ……って、おい?


「なんで机を場所移動してんだよ?」

「だって離れたとこに座ったら、なにをどうしたらいいのかわかんないでしょ。だからいつでも銀次に訊けるように、隣に机をくっつけるね」


 なんか知らん間に、名前呼びが定着してないか?

 まあ別に支障はないからいいけど。


 はぁっ……それにしても疲れた。

 とりあえず座ろう。


 机に向かって座ったら、隣に席を作った竹富がこっち見てニコリと笑いやがった。


「ここで事務仕事をしながら、生徒が質問に来たら答えるんだ」

「りょーかいっ!」


 竹富よ。なんで俺に敬礼してるんだ?

 そんな素直にされるなんて、びっくりするだろ。


 ──あ!!


 もっとびっくりすることが起きた。

 自習室に小豆がやって来た。


「ど……どうしたんだ? なにか用か?」

「あ、うん。えっと……質問。いいかな?」


 ──なんだって? 小豆が俺に質問?


 絶対に質問なんかしないって豪語してた奴が?

 いったい何が起きた?


 あ。小豆のヤツ、横目でチラチラと竹富を見てる。

 そうか。女性のチューターが来たから、これなら質問しやすいと思ってやって来たのかも。でかしたぞ竹富。


 このクソ生意気なギャルも、とうとう勉強をする気になったか。俺は感無量だぞ。


「なあ竹富。この子の質問に答えてやって……」

「あたしは銀に質問しに来たの!」

「は? なんでだ小豆?」


 ──ふと横を見たら……


 おいおい竹富!

 お前、なんでそんな怖い目で小豆を睨みつけてるんだよ?

 そんなに睨むから、小豆は竹富に質問したくなくなったんだろが。


 小豆も睨み返すんじゃない!

 なんでお前ら、自習室でそんな睨み合いをしてるんだよっ?


 ああ、もうっ!

 ここは勉強をするとこであって、睨み合いをするとこじゃないんだぞ!


「お前ら、もうちょっと仲良くしろよ。いったいなにが、お互いにそんなに気に食わないんだよ?」


 ──えっと……。お二人さん。無言で俺を睨むのをやめてもらえますか?


 俺……なにか悪いことしましたか?

 してないよねっ!?

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