第24話:奄美さんの心配り

***


「はぁ~っ、疲れた」


 でもようやく、さっき奄美さんに頼まれた資料が完成したぞっ!

 いつもより二時間も残業してしまった。


 周りを見ると、バイトの人たちの多くはもう帰ってしまってる。

 竹富もバイト初日だし、定時で帰るように言われて先に帰った。


 なんか知らんけど、アイツ先に帰るのを渋ってたなぁ。

 俺がまだ仕事をしてるのを見て、もっと頑張って仕事したいと思ったとか?


 竹富って家が金持ちだし、バイトのやる気なんてあんまりないのかと思ってた。だけど案外仕事熱心なんだな。ちょっと見直したぞ。


 それにしても──


 今日の自習室での小豆あずきと竹富はやけに機嫌が悪かったな。

 あの後小豆には勉強を教えて、ちょっとは機嫌が直ったみたいだけど。

 自習室から出ていく時もなぜか竹富を睨んでたし。

 竹富も応酬する感じで睨み返してた。


 アイツらきっとウマが合わないんだろうなぁ。

 だってヤツら二人とも、偉そうにマウント取りたがる性格同士だからな。


 仲良くしろよっ!

 特に竹富は仕事なんだし、なにをガキ相手にマジになってんだよ。


 いや……まあどっちにしたって俺には関係のないことか。

 ヤツらのウマが合わないのは、別に俺のせいでもないんだし。

 気にしないでおこう。


「佐渡君できた?」

「あ、はい奄美さん。まだ残ってたんですか?」


 バイトの人たちは今日はほとんど帰ってしまったし、てっきり奄美さんも帰ったかと思ってた。


「もちろんよ。佐渡君に残業させといて、私が先に帰るわけにいかないでしょ?」

「でも資料ができたら俺は置いて帰るし、奄美さんはまた明日にでも見れるじゃないですか」

「ううん。せっかく作ってくれた資料を早く見たいし、それよりもなにより……」


 ──ん? 奄美さんが近づいてくる。


「労をねぎらいたいじゃない? ご苦労さま。ありがと♡」


 うわっ。両手で優しく俺の手を握って、顔を近づけてにっこり笑顔。

 奄美さんってこんなに間近で見ても、やっぱりめちゃくちゃ綺麗だ。

 それになんだかいい香りがする……


 これ、アカンやつだ。頭がアホになるヤツだ。


「うん、綺麗にできてる。合格だよっ、佐渡君!」

「は、はい。ありがとうございますっ!」


 今の奄美さんからの合格。

 青大に合格した時よりも嬉しいかも。あはは。


「佐渡君はもう帰るでしょ?」

「はい」

「じゃあ一緒に帰ろうか」


 にこりと微笑む奄美さん。

 これ、「はい」の一択以外あり得ないよね。




***


「さあ、好きなのを選んでよ」


 なぜか今俺は、帰り道の途中でファミレスに入って、奄美さんと向かい合って座ってる。


「えっと……じゃあ、このパスタで」

「うん、いいね。それ美味しそう! 私も同じのにしよっかな」


 えっと……なにが起きてるんだろうか?


 奄美さんと一緒にやるき館を出て、駅に着く手前で奄美さんに誘われた。

 今日のお礼をしたいから食事を奢ると。


 そんなの仕事でやってるんだからお礼なんていいって断ったんだけど。

 急な依頼で作業量が多かったし、なにより俺が作った資料のクオリティが高いからぜひお礼をしたいって言われた。


 そこまで気配りしてくれるなんて、奄美さんってなんていい人なんだよ。


「ごめんねファミレスで」

「いえいえ、充分ですよ! 普段は節約のためにスーパーの特売品買ったり、コンビニで安い弁当を買ってますから。ファミレスの料理は俺にとっては大のご馳走です! めっちゃ助かります」

「そっかよかった。でも佐渡君は優秀だから、きっと将来はたくさん稼げる人になるわね。そうなったらお金を気にしないでお腹いっぱい食べられるね」

「そうですね。奄美さんを余裕で養えるくらいに稼ぎますよ、あはは」


 ──しまった。


 男らしさを表現しようと思って、つい変な冗談を言っちゃった。

 マズい。嫌な顔されるかな……。


「なるほど、じゃあ楽しみにしてるわ」


 えっと……余裕の笑顔ですね。さすが大人な奄美さんだ。

 こんな感じでさらっと返してくれたらこっちも気分がいいし、マズいことを言ったと気にしなくて済む。すごいよな奄美さんの心遣い。


「でも佐渡君。私は共稼ぎでもいいよ」

「えっ……?」


 一瞬固まってしまった。


「も、もちろん冗談ですよね?」

「はーい、冗談でぇーす。うふふ」

「うわ、やられた!」


 一瞬心臓が止まるかと思ったじゃないか!

 んもう、奄美さんっていたずらっ子だなぁ。


 それにしてもすっごく可愛いな。

 整った美人だけど笑顔がホントに可愛い。

 こんな感じで俺なんかにも優しく楽しく接してくれるし。

 何度でも言うけど、ホントにいい人だよなぁ。


「ところで佐渡君。八丈君のことだけど」

「え?」

「正式にお付き合いすることは、はっきりと断ったから」

「あ……そうなんですね」

「うん。この前佐渡君には、八丈君とお試しで付き合ってる話をしたからね。ちゃんと伝えとこうと思って」

「わかりました」


 そっか。八丈先輩はきっと落ち込んでただろうなぁ。


 いやでも、メンタルの強いあの人のことだ。

 もしかしたら『俺は諦めない!』なんて宣言したのかもしれないな。


 俺も彼女を作るなら、そういう熱意や粘り強さが必要なんだろうなぁ。

 だってイケメンでモテモテな八丈先輩ですら努力をしてるんだもん。


 でも……女性に対してメンタル弱弱よわよわな俺には、それは無理だな。

 だとすると俺なんかには一生彼女ができないかも……


 うげっ。それは悲しすぎる。


 いや……悲しくなんかないぞ。

 悔しくなんかないぞ。


 ──ぐすん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る