第14話:ゴールデンパインエナドリ②

***


 土曜日。昼過ぎに『やるきかん』に出勤した。そして精力的に事務仕事をこなす。

 うん、今日も快調だ。


「はぁ~疲れた」


 よし休憩だ。お気に入りのドリンクを買いに行こう。


 『ゴールデンパインエナドリ』。


 甘酸っぱい味が大好きなんだけど、これコンビニには置いてないんだよなぁ。自販機にもめったにないし。


 でもこの前ビルのすぐ近くで、これを売ってる自販機を見つけた。ラッキーだ。

 おかげでバイトの度に一本飲むのを日課にしてる。


「ふふーん♪」


 やべ。楽しみすぎて、思わず鼻歌が出ちゃったよ。

 さて俺のゴールデンパインエナドリちゃん。お待たせ!


 ──え?


 自販機には『売切』の赤い文字が光ってる。

 マジかよ?


「うぐぅ……」


 しょ……ショックだ。

 楽しみにしてたぶん、ショックの大きさが半端ない。


 ──ん?


 すぐ近くでドリンクを飲んでるヤツがいた。

 もはや見慣れた金髪のギャル。小豆あずきだ。


 そう言えばコイツもあのドリンクが好きだったな。

 飲んでるのはもしかして……


「あ……ぎん……」


 金髪ギャルと目が合った。

 誰が銀だ。一文字呼び捨てすんな。

 いや、それは今はどうだっていい。


 こっちを向いた小豆の手元を見ると……


「ゴールデンパインエナドリ……」


 コイツのせいで、本日最後の一本が売り切れただと?


「こ、この前はありがと。それと失礼なこと言ってごめん」

「え? 何が?」

「助けてくれたこと」


 ──あ。


 ドリンク売り切れの衝撃があまりに大きくて、そのことを忘れてた。

 しまった。もっと早く怪我を気遣うべきだった。俺はバカか。


「足は大丈夫か?」

「うん、もう痛くない」

「そっか。よかった」


 あれ?

 そう言えばさっきコイツ、えらく素直に礼を言ったな。

 どういう風の吹き回しだ?


 ──なんて考えながらも、小豆が持ってるドリンクが気になる。


「あ、飲む?」

「ななな、なんで?」


 なんで俺が飲みたがってるってわかった!?


「だってチラチラ見てるし、さっき呟いたじゃん。『ゴールデンパインエナドリ……』って。わかりやす過ぎぃ〜」


 うわ、しまった。

 怪我よりもドリンクを気にしてたことがモロばれだった。


「どぞ、飲みなよ」


 ドリンクを差し出してきたけど……

 この前は俺が『飲むか?』って聞いたら、間接キスなんか絶対に嫌だって言ったよな。

 これは何かあるな?


「もしかして毒入りか?」

「は……?」


 小豆が固まってる。図星だったか。

 ふふふ。俺を騙そうなんて百年早いわ。


「あの……日本の女子高生って、普通毒を持ち歩かないよね?」

「うん」

「しかもさっき目の前であたしが飲んでたの見てたよね?」

「うん」


 そんな冷え切った目で見ないでくれ。

 ギャルのガン飛ばしは怖すぎて背筋が凍る。


ぎんって……バカなの?」

「いや、それは冗談だけどさ。前はあんなに嫌がってたのになんでだ? 怪しすぎるだろ」

「あ……あれよあれ。階段から落ちそうになったのを助けてくれたお礼だからっ」

「いや、いらん」

「なんで?」

「怪しすぎるだろ」

「あたしがお礼って言ったらおかしい?」

「うん、おかしい」

「ぐっ……」


 小豆はどうしたんだ?

 なぜか深呼吸をしだした。


「はぁ……よしっ!」


 なんか気合を入れてから、ドリンクをグビグビ飲み始めたぞ。

 うわ、旨そう……飲めないと思ったら余計に飲みたくなってきた。


「ああ、美味しいなぁ。爽やかな甘み、サイコーだなぁ。これを飲めないなんてかわいそぉ~」

「あ、くそっ! 俺が飲めないのをわかってて嫌がらせか?」

「違うし。だから飲ませてあげるって言ってんのに意地張るから」

「い、意地なんか張っとらんわ!」

「張ってるし」

「張ってない!」

「ふぅ~ん……じゃあ素直に飲めば?」


 またドリンクを差し出してきた。

 う……飲みたい。


「ほれほれっ。今受け取らないと、あたしが全部飲んじゃうぞっ」

「くっ……」


 こんなヤツに手玉に取られて、俺が手を出すとでも?

 俺を舐めるなよ。


「だからお礼だって言ってるっしょ」


 そうか。コイツ、俺に借りを作ったのが気に食わないんだな。

 だからチャラにするためにドリンクを飲ませようとしてる。


 それならあえて、誘いに乗ってやろうじゃないか。決して飲みたい欲望に負けたわけじゃないからな。そこんとこ勘違いすんなよ?


「そそ。そうやって素直に受け取ればいいのよ」

「ひと口だけもらう」

「はいはい。どぞどぞ」


 もしかしたら『とうとう屈服したな』とか、マウント取られるかと思ったけど。

 案外素直に渡してくれた。


 ひと口飲む。


「うん、旨いっ!」


 これこれ。この爽やかな甘酸っぱさ!

 もう飲めないと諦めてただけに、旨さも格別だ。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 ──え?


 俺から受け取ったドリンクの残りを、小豆が平気な顔して飲んでる。


「いいのか、俺と間接キスして」

「ばっ、バッカじゃないの。なに? 銀はあたしと間接キスしたぁって喜んでるの? あたしはガキじゃないし。かかかか、間接キスなんかでドキドキしたりしないからっ!」

「なにキョドってるんだよ。おかしなヤツ」

「きょきょキョドってなんかないからっ! じゃあね!」


 急に走っていった……

 どうしたんだアイツ?

 変なヤツ。


 憧れの八丈先輩との間接キスなら、いくらクソ生意気なコイツでもドキドキするんだろうな。でも相手が俺じゃあなぁ……ドキドキするわけもないか。


 俺だっておんなじだ。奄美さんとの間接キスならめちゃくちゃ嬉しいよ。

 でもクソ生意気なギャル相手じゃ『ゴールデンパインエナドリさすがに旨しっ!』って感想しかないな。うん。

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