第18話 女帝の片鱗
「ほぉら、凄いだろうミナリア。スカルドラゴンだよ!」
「素晴らしい出来だ。実に強そうだな」
「よし、まず二人ともそこに正座しろ」
野盗の拠点だったという山間の洞窟を蹂躙し、皆殺しにし、その死体をかき集めてスカルドラゴンを作ったユースウェインとアーデルハイド。
彼らが嬉しそうにミナリアへとスカルドラゴンを見せに来て、まずミナリアは大きく嘆息した。
スカルドラゴン。
その大きさは、四つ足で立っているというのに、ユースウェインを超える巨躯であり、ミナリアとさして変わらない。頭から尻尾までの全長は、ミナリアの倍にも及ぶだろう。
そして――その全身を構成しているのは、人間の骨。
どう見ても禍々しい以外の感想が出てこない、そんな怪物だ。
首を傾げなから、二人が正座する。
そして、その前でミナリアは眉を寄せたまま腕を組んだ。
「まず、開拓が終わって暇だったから、野盗を狩りに遠出をしたと」
「はい」
「戦力の拡充を考えて野盗を殲滅して、その骨でスカルドラゴンを作ったと」
「はい」
「ここまではいい。問題はここからなわけね」
「はい」
「そのスカルドラゴンを隠すでもなく、むしろ見せびらかしながら帰ってきたと」
「はい」
「何考えてんのあんたら!?」
ミナリアの怒声に、ユースウェインとアーデルハイドは首を傾げる。
あくまでユースウェインたちは、戦力を充実させるために動いたのだ。その結果としてスカルドラゴンを作ったわけなのだが。
「あのねぇ……ウチらは、まだ堂々と動いちゃダメなんだって言わなかったっけ?」
「野盗を殲滅するくらいならば、別段構わんだろう」
「問題はその後なんだってば! 遠出した野盗の拠点から、ここまで幾つの村があると思ってんのよ! ポロック村には悍ましい骨の竜がいる、とか噂が立ったら、流民が来ないでしょうが!」
「むぅ……」
ああ、もう、とミナリアは頭を抱える。
別段、ユースウェインとアーデルハイドが、悪いことをしたわけではない。むしろいいことをしたのだ。
野盗の拠点にいた、女性たち。
中にはひどい目にあっている女性もいたが、大半の者は無事だった。そして、半数は村を焼かれて捕らえられた者だったのだが、残る半数は一人でいたところを攫われた人間であったため、生まれ故郷まで運んであげたのだ。
スカルドラゴンに乗せて。
当然ながら訪れた村には驚かれ、そして怯えられた。
「だが、故郷に帰らせてやりたいというのも……」
「だったら近場で放り出しなさいよ。わざわざスカルドラゴンを見せつける必要があったわけ?」
「だって、せっかく作ったんだから見てほしいじゃないか!」
「黙れアーデルハイド」
ミナリアが極限までの冷たい眼差しで、アーデルハイドを射抜く。
完全にこのような事態は、ミナリアの想定外だ。このまま上手く生産力を上げ、流民を受け入れ、国として興すことができるように戦力をじわじわ上げてゆくつもりだったのだ。
未だにアリスの教育も終わっていない。そんな状況で、現状を動かすわけにもいかなかったというのに。
「まぁ……新しい村人が増えた件は、いいけどさ」
故郷を失った女たちは、ポロック村で保護することにした。
農地として新しく開拓した場所を与え、そして簡易ながら住居を作った。ほんの十数人だが、それでも僅かながら生産力の向上には繋がるだろう。
だが、問題はこのせいで、ポロック村に変な噂が立たないか、という懸念である。
「ミナリアさん」
そんな風に腕を組むミナリアに、後ろから声がかけられる。
その声の主は――アリス。
「あー、えっと、アリスちゃん、あのね」
「話は聞きました。わたしとしては、ユースウェインさんもアーデルハイドさんも、特に咎める必要はないと思います」
「いや、でも……」
「そもそも、人ならざる者がこの村にいるというのはいずれ知られることです。それを恐れて来ない人ならば、まだそれほど困窮していないということでしょう。本当にこの村に居を構えてくれる人は、行き場を失った人です。ならば、そのくらいのことは問題ありません」
「む……」
おお、とユースウェインは驚く。
まさか、アリスがそのようにミナリアへ意見をするとは。
「それに、ミナリアさんがわたしに教えてくれたことでもあります。部下の勝手は咎めなければいけませんが、この場合は勝手ではなく、わたしを想ってくれての行動です。そこに罰で報いるような真似をしては、求心力を失うでしょう……ええと、合っています?」
「……うん、合ってる」
「この場合は、指示が曖昧だったことが原因ですね。ミナリアさんの考えが全体に浸透していなかった、というのが大きな原因です。ならば、目標を明確にしてその上で指針を決めるべきでしょう」
ポロック村を占拠して、二ヶ月。
たったの、二ヶ月だ。
その二ヶ月――アリスはずっと、ミナリアと共に集会所で勉強をしていた。
彼女曰く、帝王学を。
だが。
たったの二ヶ月で、これほど変わるものなのだろうか。
「はー……ま、しょーがない。やっちゃったもんは仕方ないとして、その上で別の方針を決めろ、ってわけね」
「そうです。ミナリアさんなら大丈夫ですよね」
「任せて。ひとまず行動指針としては、さっきも言った通り生産力の向上と人口の増加。だから……今回の手は、悪手というほどでもないかな。こんな風に、行き場を失くした人を村で保護すれば、それだけ人口が上がるわけだし」
「そうですね。加えて、大義名分も得ることができます。わたしたちが侵略者というわけではなく、あくまで平和を求めている、と対外的に訴えることもできるでしょう」
「確かに。んじゃ、その方向で考えるよ」
「では、よろしくお願いします」
ユースウェインの目の前で、そう行われる主従の会話。
それは最初のように、ただミナリアの言葉に頷くだけのアリスではない。ミナリアの言葉を理解し、考えを理解し、その上で定めた方針を理解している。
まさに――それは、ユースウェインたちの主として。
「では、わたしはまだ勉強が残っていますので」
「うん。アリスちゃん、また進展があったら報告するね」
「はい、よろしくお願いします」
アリスが背を向け、去ってゆく。
まるで別人にすら思えるくらいに、その言葉の端々には知性が見え隠れしている――こんなアリスを、ユースウェインは知らない。
だからこそ、そんなアリスの姿が、集会所の中へと入ってから。
ユースウェインは、ミナリアを見た。
「ミナリア」
「ユース、大丈夫、言いたいことは分かってる。ウチも驚いてるんだから」
「一体、どういうことなんだ?」
「分かんない。ただ、ウチがとにかくマンツーマンで帝王学を教えたわけ。その全部を、アリスちゃんは覚えてる。その上で、理解して、立ち振る舞いに出るくらいに自分のものにしてる……正直、ウチが言うのもなんだけど――化け物だよ」
普通の人間ならば、そう簡単に教わったことを身につけることはできないだろう。
少なくともアリスのような年頃で、帝王学を学んだところで、全く意味などないと考えていた。
だが、あの変わり様はなんだというのか。
「もしくは、天才って言うのかな。遍く全てを吸収する、みたいな」
「遍く全てを……吸収」
似たようなことを、聞いた覚えがある。それは、あのカエル顔の職員から。
アリスの出自は、『ワタリ』と呼ばれる異世界からの来訪者だ。
そして、
つまり、彼女の持つ膨大な
「なるほどな……」
「ユース、何か知ってんの?」
「いや……
くくっ、と笑う。
ユースウェインは、化け物だ。
少なくとも、この世界の人間から見れば、それ以外の言葉など浮かぶまい。
ならば、化け物を率いるのも、また化け物。
それでこそ、建国王にも匹敵する軍勢が作り出せるのではないか。
「それでこそ、我らが女帝よ」
あらゆる人外を率い、あらゆる化け物の上に立つ、最上の存在。
未だ若い童女であれ、その言葉がまさに適切であろう。
まさに――女帝、と。
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