第17話 野盗蹂躙

 紅獅子団は、戦時は傭兵稼業をしているならず者の集団である。

 カイルド男爵領とシュミット男爵領の境にある山間に拠点を置き、戦時は様々な領主に売り込みをしながら戦場に出ている。

 だが、それも戦時ならばだ。特に戦争が起こっていない時期の彼らは、職のないただのならず者に過ぎない。そして、戦争があろうとなかろうと彼らにも食事が必要である以上、その稼業が何になるのかなど決まっている。

 平時は、野盗と化すのだ。


「あー……畜生。戦争でも起きてくれねぇもんかねぇ」


 紅獅子団の頭領、トムはそうぼやきながら備蓄の食料庫を見やる。

 つい先日、小さな村を襲って食料は手に入れた。だが、所詮は小さな村の備蓄に過ぎず、税を納めたばかりだったためにろくな実入りがなかった。

 紅獅子団は現在、全部で百人を超える大所帯だ。それを賄うだけの食料を手に入れる必要があるし、それを簡単に手に入れるには誰かから奪うのが手っ取り早い。

 襲った村の娘を何人か攫ったが、まだ奴隷商人との連絡はついておらず、拠点の奥に閉じ込めてある。この娘たちが売れれば一定の金額にはなるため、まだ乗り切ることができるだろう。処女である方が高く売れるため、部下には絶対に襲わないよう厳命してある。その代わりに、農奴の妻と思われた女は数人攫ってきているため、部下の処理はそちらで行わせているのだ。

 既に一人は自殺したが、まだ二人は残っていたはずだ。

 トムもそろそろ溜まってきたことだし、少しばかり発散するか、と嘆息して。


「頭ぁ」


「あん?」


 そこで、不意に部下からそう声をかけられた。

 さすがに百人を超える大所帯であるため、トムも全ての部下を覚えているわけではない。そうでなくても、農奴が食えずに飢え死にする中、野盗に身を落とす者も少なくないのだ。

 そして、そんな奴らが一人で村を襲うことなどなく、紅獅子団のように既に存在する野盗集団に入ることも、珍しくはない。

 だからこそ、トムは全員を覚えることなど、とっくに諦めているのだ。


「もうそろそろ、備蓄が尽きそうですぜぇ」


「分かってらぁ。ったく、てめぇらが無駄に食うからだろうが。ちっとは獲物でも探してこい」


「でも頭ぁ、ここいらの村は大抵襲っちまいましたよぉ」


「ちっ……飯を奪うのに遠出するのも面倒だな」


 はぁ、と大きくトムは嘆息する。

 小さな村を襲って、入る備蓄の量は少ない。そして、村を襲った以上はその村人は、人買いに売る者以外は皆殺しにするのが当然だ。

 先日も、小さな村を襲った際には、皆殺しにした。

 いや、一人だけ、逃がしたと報告を受けたか。

 詳しくはトムもよく聞いていないが、五人兄弟の末娘を逃がしたとか言っていた。上の女二人は上玉だったらしいのだが、抵抗が激しく殺してしまったとも言っていた。トムは勿論、その部下を殴りつけた。

 必要なのは備蓄と女だ。男は皆殺しにしていいが、女は違う。

 妙齢の女であれば高く売れるし、そうでなくても紅獅子団での処理に使える。上玉であれば尚更、殺す選択肢はない。


「頭ぁ! 頭ぁ!」


「あん? うるせぇぞ」


 別の部下が、そう声を荒げながら入ってくる。

 こちらは、以前からトムに従ってくれる古参の部下だ。


「どうした」


「見張りから報告がありまして! 街道を女が一人で歩いているらしいっす!」


「ほう、上玉か?」


「相当な美人だそうで!」


「うし、攫え。お前も行け」


「分かりました!」


 美人の女が一人で歩いているなど、攫ってくれと言っているようなものだ。

 報告の通りに美女であれば、人買いに高く売れるだろう。トムが何度か楽しんでからでもいいかもしれない。美女であるならば、処女の有無を問わずに高値がつくことも多いのだ。

 女一人ならば、簡単に攫うことができるだろう。そう笑みを浮かべながら、ひとまずトムは拠点にしてある洞窟の中央に向かった。

 奥は団長であるトムの部屋になっているが、あとは洞窟のこの広間で全員が暮らしているのだ。逆方の穴が入り口であり、その間にある穴の奥が処理室だ。ちなみに人買いに売るための女は、トムの部屋の奥にある牢獄に閉じ込めてある。

 その広間にいるのは、軽く百人といったところか。


 程なくして、五人の男たちが戻ってくる。

 その間に、一人の女を抱えて。


「ほう」


 思わず、トムはそう声を漏らした。

 男たちが攫ってきた女は、真っ白の肌をした少女だった。十分に美少女と呼べる、整った顔立ちをしている。

 旅をしているのか、その全身を黒い外套に包んでいるが、体の起伏はあまりない。恐らく食うに困る農奴の女が、新天地を求めて旅をしていたのだろう。

 その表情に走っているのは、怯え。


「ぼ、ぼくをどうするつもりなんだい!」


「なぁに、抵抗さえしなきゃ、痛くはしねぇよ」


「最初はちーっと痛いかもしれねぇけど、そのうち気持ち良くなってくるから大丈夫だぜ」


「うへへ」


 女を囲んだ男たちが、そう次々に言っている。団長のトムを差し置いて、いいご身分だ。

 そう思いながらトムは五人と、そして少女に近付く。


「上玉じゃねぇか。でかしたぞ、てめぇら」


「頭ぁ、最初は俺にやらせてくださいよぉ」


「うるせえ。こういうのは団長が最初って決まってんだよ。てめぇらにも後からやらせてやらぁ」


 ばっ、と少女の腕にあろう場所を掴む。

 妙に細く、そして硬いことにトムは思わず眉根を寄せた。


「へぇ、きみが団長なのかな?」


「あん? なんだぁ、てめぇ」


「じゃ、ひとまずきみから殺していいかな」


「何を……」


 女が、ゆっくりと外套を脱ぐ。

 そんな風に自ら脱がずとも――と考えて、しかし。

 トムは、叫んだ。


「ぎゃああああああああ!?」


「そんなに驚くなよ。レディの肌を見て叫ぶなんて、失礼にも程があるじゃないか」


 それは。

 骨だった。

 外套の下に着ていたのは、肩から先と膝から下を出した貫頭衣。

 肩から先、そして膝から下が。

 肉感の何一つない――骸骨のそれ。


「じゃ、まずは」


「ひっ――!」


「死のうか」


 その瞬間に、激しい轟音が鳴り響く。

 それと共に洞窟の入り口が少し崩れ、そしてゆっくりと――もう一体の異形が姿を見せる。

 白銀の、巨人が。


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!?」


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


「な、なんだぁぁぁぁ!?」


 白銀の巨人が、まず巨大な斧を振るう。

 それと共に――恐らく十人は、体ごと両断された。


「囮の役目、ご苦労。アーデルハイド」


「ぼくもこんな役目はしたくなかったんだけどねぇ。まぁ、美人と言われて悪い気はしないかな」


「中身は残念だがな」


「うるさいよ、ユース」


 骸骨の少女と、白銀の巨人が、そう軽口を叩き合う。

 これはどのような悪夢なのだ、トムは必死に逃げようとするが、腰が抜けて力が出ない。

 そして、それは周りの部下たちも同じのようで、がたがたと震えながら二体の異形を見つめていた。


「さて、入り口はここだけみたいだし、ぼくはここを守っていることにしよう」


「では、俺に任せてくれるのだな」


「ああ。ここで『焔腕』を使ったら、延焼が激しそうだからね」


「それもその通りだ。では、蹂躙しよう――」


 白銀の巨人が、右手に斧を、左手に槍を構える。

 どこへも逃げ場がない――その事実に、部下たちは驚き、そして慄く。

 生き延びるためには、この白銀の巨人を倒すしかない――。


「て、てめぇらぁ! 殺れぇ!」


 トムの指示に、どうにか立ち上がる部下たちが、武器をそれぞれ手に持つ。

 農奴では手に入れられない、鉄の武器。これがあるだけで、農奴の村を襲う際には絶対的な力と化す。

 だが、白銀の巨人と相対すると。

 それが、あまりにか細く、弱々しいものにしか見えない。


「う、うぉぉぉぉぉぉ!!」


 勇気のある部下が一人、まず飛び出した。

 剣を大きく振りかぶり、そして白銀の巨人へと振り下ろす。

 白銀の巨人はそれを避けようともせず、ただ泰然と、そこに立っていた。


「脆弱」


 そう一言告げて、そして槍を突き出す。

 漆黒の槍が部下へと向かい、その心臓を貫く――まるで、それが予定調和であるかのように。


「さぁ、かかってくるがいい。貴様らの全力を我に見せてみよ。血を流し、汗を流し、涙を流し、死に物狂いで攻めてこい。さすれば、この身に貴様の刃も届くやもしれぬぞ」


「いよっ! ユースのおれのかんがえたちょーつよいきしのせりふシリーズその十二!」


「うるさいアーデルハイド!」


 そこにいるのは、絶対的な殺戮者。

 例えここに一万人いたとしても、このような化け物に勝てるはずがない。

 トムは、震える体を必死に立たせて。

 そして震える切っ先を、白銀の巨人に向けて。


「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 そして。

 首が飛んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る