第16話 巨人の骸骨の企み

 ポロック村の周囲は、大きく発展を遂げていた。

 鬱蒼とした森に囲まれた小さな村だったというのに、小さな街くらいにはその範囲が広がっている。そしてその全てが、ユースウェインらの手によって開拓された農地であるのだ。そんな新たな農地を、数少ない村人により管理させている。だから自然、開拓はしているけれどまだ人の手の入っていない農地も腐るほどあるのだ。

 ミナリア曰く、これから増えてくる村人の受け皿にするらしいが、ひとまずユースウェインとアーデルハイドは、開拓作業から抜けることとなった。

 だが、やるべき仕事は特にない。


「……暇だな」


「まぁ仕方ないよね。ぼくたち、そもそも頭脳労働向きじゃないし」


「お前と一緒にされるのは甚だ心外だが、その通りだな」


「最近ぼくに対して皆冷たくないかな」


 村人たちが農作業をしているのを、眺めながらそう話す。

 ユースウェインたちが管理するべき農地もあるのだが、そこの管理はアーデルハイドのスケルトンに任せている。アーデルハイド曰く、魔力マナさえ切らさなければ永久に活動できるのだそうだ。

 だからこそ、七十二時間の制限でアーデルハイドが一旦向こうに帰ることとなっても、スケルトンは与えられた命令を守って動いている。

 これについてはミナリアも良い意味での計算違いだったらしく、悪そうな笑みを浮かべていた。


 現在、レティシアは村全体の警備を。ミナリアはアリスに対して帝王学の講義を。ステラは農地の状態についての巡察及び改善指導であり、ナターシャはそんなステラの護衛だ。

 そしてユースウェインとアーデルハイドに、仕事は何もない。


「ミナリアは何て言ってたのさ」


「ひとまず特に何もないから、邪魔にならないようにしていろ、とのことだ」


「……ぼくたちの扱いが最近ひどいね」


「お前と一緒にされるのは甚だ心外だが、その通りだな」


 はぁ、と大きくユースウェインは溜息を吐く。

 何かユースウェインにも出来ることがあれば良いのだが、特に必要ないと言うならば、じっとしているしかないだろう。

 アリスを主として定め、これから戦場を駆けることができると期待していたのだが。


「アーデルハイド」


「ん?」


「さすがに、このまま腐っているわけにはいくまい。俺たちにも何かできることがないか、考えてみるべきだ」


「でも、ぼくもユースも荒事専門じゃないか。今はこんな風に平和だし、野盗もこの辺にはいないらしいよ」


「……うむ」


 ユースウェインの知る騎士の逸話は、戦場でのものばかりだ。

 平時に、彼らが何をしていたのかは知らない。平和な環境において、戦場における力はその存在意義を失うのだろうか。

 いや――。


「我が軍の戦力は、俺にアーデルハイド、レティシア、それにナターシャか」


「ミナリアとステラは、戦力として期待できないしね」


「うむ……」


 一般人の親指くらいしかないステラは、そもそも戦闘要員としては期待できない。そのくせユースウェインと同じく、必要な魔力マナが百万超えなのだからどことなく納得できないのが本音だ。

 そして現在のアリスの臣下においては、最も巨躯であるミナリア。こちらも戦力としては数えられない。

 だからこそ、現在の戦える要員は四人なのだ。

 では、せめて戦力を拡充すべきではなかろうか。


「仲間を増やすか」


「向こうで、雇用条件さえ出して職安に貼れば相当来ると思うけどね」


「うむ。だが、それはただの水増しに過ぎん。少なくとも、ナターシャ程度には戦える必要があろう」


「ナターシャって割と強いよ?」


「だが、俺やアーデルハイドに比べれば弱い」


「それはさすがに比較対象がねぇ」


 ナターシャの持つ古代遺物アーティファクトは、第三位『残斬ざんざん』。それだけだ。

 第二位と第三位を二つ持つユースウェインや、第一位を持つアーデルハイドには及ばない。

 古代遺物アーティファクトのみならず、種族としてもワーウルフはそれほど強いわけではなく、現状の戦闘要員の中では最も弱いだろう。

 人間相手ならばどれほどの大軍であろうとも殲滅出来る、ユースウェインやアーデルハイドと比べるのが間違っているが。


「それに、ナターシャは指揮官としての資質の方が高いからな。あやつに部下をあてがえば、一個隊として活動してくれるだろう」


「ふーん……ぼくたちは?」


「俺はともかく、お前は単騎で敵陣の中央に乗り込む以外の運用方法が見当たらん」


「失礼な。ぼくだって将軍とかやってみたいんだけど」


「部下ごと巻き込んで殺す未来しか見えんな」


 だが、ひとまず指針は決まった。

 これから、戦力の拡張と充実を図らなければならない。とはいえユースウェインの独断で動かず、戦力の拡充についてはミナリアに相談する必要があるだろう。

 それに加えて、ユースウェインの七十二時間は、まだ遠い。

 ならば――簡単に出来る方法から、まず採用すれば良い。


「さて……暇だな」


「そうだね」


「だからこそ、アーデルハイドよ。少々遠出をしてみんか?」


「へ?」


 アーデルハイドが間抜けな声を上げる。

 どういうことだ、とでも言いたそうに、眉根を寄せている。こんな風に察しが悪いのも、アーデルハイドの馬鹿たる所以だ、

 一から説明するのも面倒だが。


「我々は戦力を拡充したい。だが、それにあたってアリス様の魔力マナを削る提案は、独断で行ってはいけない」


「一億あるし、そう簡単にはなくなりそうにないけどねぇ」


「だが、それでも職安のカエルは言っていたのだ。自然回復は日に二割ほど、だとな。ゆえに、上限は二千万だと思った方が良いだろう」


「うん、そうだね。今が六百万?」


「単純計算ではそうなる。これから他の十信徒の末裔も加入させる予定だから、四百万はさらになくなる。つまり、これで半分を切ってしまうのだ」


 ユースウェイン、アーデルハイド、レティシア、ミナリア、ステラ、ナターシャ。

 ひとまずここまで、十信徒の末裔は参戦した。

 だが、残りには未だに声をかけていない。

 その最大の理由は――残る四騎にある。


 残る四騎――『紅の門番』、『狂の奏者』、『焔の鳳凰』、『時の繰手』、それぞれの末裔。

 ユースウェインと仲が良いのは、うち三騎。彼らを、未だに誘っていない最大の理由。

 それは、彼らの見た目が、完全に人から乖離しているからだ。


 ユースウェインは人型だ。アーデルハイドも骸骨を除けば人間と変わらない。レティシアも上半身は人間だ。

 ステラとミナリアは、サイズさえ考えなければ人間に近い。ナターシャなど、耳と尻尾しか変化はない。

 そんな、まだアリスの受け入れられる人外から、まず始めたのだ。

 あとは彼女が慣れ次第、連れてくるつもりだ。


「……つまりどういうことなのさ? よく分からないんだけど」


「向こうから連れてくるよりも、手っ取り早く戦力を充実させる方法があると思ってな」


「どういうこと?」


「簡単だ。この近辺に野盗がいないと言うならば、遠出をすればいい。邪魔にならないようにしていろという命令しか聞いていないのだから、俺たちが何をしようとも構わないということだろう」


「……へぇ。面白そうじゃん」


 にや、とアーデルハイドが笑みを浮かべる。

 ユースウェインの心算を、分かってくれたらしい。


「でも、ぼくだって無限に作れるわけじゃないよ。スケルトンだって、維持するには少なからず魔力マナを消費してる」


「一体あたりどのくらいだ」


「一日あたり二かな」


「一億の魔力マナの前には、塵芥に等しいな」


 スケルトンを千体作ったところで、その消費は二千。

 その程度の消費ならば、ミナリアも強くは言わないだろう。


「では、行くかアーデルハイド」


「了解。ちょっと暴れちゃうよ、ぼく」


「俺もだ。暫く農業しかしていなかったからな。今から滾る」


 くくっ、と笑うユースウェイン。

 ふふっ、と笑うアーデルハイド。


「お前の作れるアンデッドで、最も強いのは何だ?」


「スカルドラゴンかな。一体作るのに、死体が百ばかり必要だけど」


「では、まずはスカルドラゴンを作ることを目標としよう。この国は貧しい。野盗など、どこにでも溢れている」


 白銀の巨人と骸骨の少女が、動き出す。

 それは、戦力の拡張と補充、そして。


 己の欲求を、満たすために。

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