第3話 嵐の前の静けさ

 ステラたちは、ワシに乗ったグラフからの攻撃をのがれようと、草木の生い茂る森の中に飛び込んだ。

 続いて、間一髪のところで攻撃し損ねたグラフも、ステラたちを追って、森の中へと分入ったのだった。


 地面まで陽が差し込まないほど、鬱蒼と草木が生い茂っている。

 これではワシに乗っていたのでは、かえって身動きがとれない。


 グラフは、ワシに乗って空から襲撃するのを諦めて、斜面地を泥にまみれながら登って行った。


「くそっ、忌々しいヤツらだ。」


 グラフは、そこら辺に転がっている石を無造作に掴むと、鳥に向かって投げつけた。


 山に不慣れなグラフは、何度も斜面に足を取られて滑りそうになった。

 その度に、ステラたちへの怒りが増幅した。


 一方、先を行くステラたちも、起伏の多い斜面を登って行くことに、四苦八苦していた。

 山に慣れたオオカミのラルフが頼りだったが、さっきの全力疾走と、トリッキーな動きのお陰で、もうヘトヘトだった。

 おまけに草木の生い茂る薄暗い森には、何が潜んでいるかわからない。


 ―どこか安全なところで休みたい。


 ラルフの疲れは、極限に達しようとしていた。


「あっちに洞窟があるでちわ」


 偵察に出ていたシエルが、戻って来て言った。


「とりあえずそこで休もう」


「そうね。シエル、案内して」


 シエルの案内でしばらく進むと、茂みの陰に、ポッカリと穴のようなものが見えた。


「なんだか怖いわね。真っ暗だわ」


「暗い方が都合がいいよ。見つかりにくいからね」


 ラルフはそう言うと、先頭に立って洞窟へと足を踏み入れた。


 穴の入り口は、ステラの腰ほどの高さだったが、中は意外と広い。

 ラルフとステラは、1、2メートルほど奥に入ったあたりに、腰を下ろした。


 中からは外の様子を伺うことができたが、外からは恐らく何も見えないだろう。


「うん、ちょうどいいね。シエル、バッチリだよ」


 ラルフに褒められてシエルは有頂天だ。


「ピロピロピロロロ、、、」


「しっ、、、。何かいるわ」


 洞窟の奥の方で、ガサガサと音がする。


 ラルフとステラは一気に緊張感に包まれた。


「誰なんだ?他人の棲家に勝手に入ってくるのはっ!?」


真っ暗な洞窟の中に、グォーと低音が響いた。


「ご、ごめんなさい。邪魔するつもりはなかったんです、本当に」


 ステラがあわてて言い訳した。

「わたしはステラといいま、、、」


 ステラが言い終わらないうちに、声の主は大声で怒鳴った。


「キサマ、人間かっ」


「グオオオオオー、人間は嫌いだあーーーっ」


「ち、違います。わたしはファントーム。愛と癒しの星『ブルームハート』から来ました」


「ブルームハート?聞いたことのない星だ。そのファントームとやらが何しにここに来たんだ?」


「少しここで休ませてもらえないかい?敵に追われてるんだ」

 ラルフが口を挟んだ。


「キサマは誰なんだ?」


「ボクの名前はラルフ。オオカミさ」


「オオカミだと?グオオオオオーっ、今すぐに出て行けーっ、さもないと食いちぎって晩メシにしてやるぞ。グオォォォォーーっ」


 声の主は興奮して喚いた。


 ステラたちはやっと目が慣れてきて、声の主がどうやらクマだとわかった。


「ボクたちは敵じゃない。何も邪魔するつもりも、闘うつもりもないんだ。少し休んだらすぐに出て行くよ」


「お願いします。少しの間だけ、ここにいさせてもらえないかしら」


 ラルフとステラの言葉にシエルも続けた。


「お願いでちのよ。悪いヤツに追われているでちよ。ちょっとだけここで休ませてほしいでちの。」


「なんだ?お前は?」


「あたちはシエル・アリイ。世界でたった一羽の、青い鳥のナビゲーターでちのよ。フフフン」


 シエルが気取って答えた。


 その時、また奥から違う声が返ってきた。


「ねえ、少しくらいいいじゃない。休ませてあげようよ」


 あどけなさの残る可愛らしい声だ。


「ブラン、お前は黙っていなさい」


「だって、、、」


 そう言いながら奥から出てきた子熊は、眠そうに目を擦っている。


 しかしステラたちを見ると、興味津々で近づいて来た。

 そして真っ黒な瞳を輝かせると、


「ねえねえ、ボクの宝物見せてあげようか?」


 と言いながら、ステラの前にペタンと座った。


「あら、ありがとう。わたしの名前はステラよ。よろしくね」


「ボクはラルフ。よろしく、ブラン」


 横からラルフも挨拶した。

 が、ラルフがそう言い終わる前に、被せるように親熊が口を挟んだ。


「ブラン、よしなさい。得体の知れないヤツらに関わるんじゃない。あっちへ行っていなさい」


「あら、あたちたちは、なにも怪しいものではないでちわよ。地球を救うために旅してるでちの。」


 シエルがプリプリ怒ったように口を挟んだ。


「なんだと?地球を救うためだと?」


 その時、ブランが奥から、葉っぱで編んだカゴに入った木の実を、持ってきた。


「ほら、ステラお姉ちゃん、これ見てよ」


「あら、きれいな木の実がいっぱい」


 ステラが優しく微笑むと、ブランは顔を輝かせて、嬉しそうに頷いてステラの横に座った。


「ブラン、少しだけだぞ。少し休んだら出て行ってもらうからな」


 親熊はそう言うと、今度はステラたちに向かって言った。


「いいか、この仔に手出ししたらタダではおかないからな。少し休んだらさっさと出て行ってくれ。厄介ごとはごめんだ。オレたちの暮らしを壊さないでくれ」


 それだけ言うと親熊は、少し離れたところに座って、ステラたちと子熊の様子を眺めた。


「あら、この葉っぱ、きれいな色ね。」


 ステラはそう言うと、その葉っぱを口に咥えて、ピーピーと音を出して見せた。


「ステラお姉ちゃん、すごーい」


 ブランは手をパチパチ叩いて喜んでいる。


「これはね、わたしのお母さんから教わったの。簡単よ。ブランもやってみて」


 ステラにそう言われて、さっそくブランも葉っぱを口に咥える。


 ブーっ、ブーっ、、、。


 なかなかうまくいかない。

 それでも、ステラに根気よく教えてもらいながら、ブランはとても楽しそうだ。

 時折子どもらしく、きゃっきゃっと笑い声を上げたりしている。


 すっかりステラに懐いた様子のブランを見ながら、親熊が言った。


「この仔は母親がいないんだ。人間に鉄砲で撃たれてね。だからオレは、人間が大っ嫌いなんだ。さっき悪い奴らに追われてるって言ってたが、それは人間なのか?」


「いいえ、違います」


 ステラが慌てて首を横に振ると、親熊は、


「さっきは悪かったな。この仔を守らなきゃいけないんでね」


 と言い訳するように言った。

 

 ステラがブランの相手をしている声を聞きながら、ラルフは眠りに落ちた。

 そして、いつの間にか、ブランもステラに甘えるように寄りかかって、スヤスヤと寝息を立てて眠ってしまった。

 つられるようにステラも、シエルも、親熊も、みんなそれぞれの夢の中。


 こうして洞窟の中は再び静寂に包まれた。




 真っ暗な洞窟の中に、スヤスヤと、かすかな寝息の音だけが聞こえていた。

 気持ちよさそうに眠っているステラとブランの横で、ラルフが目を覚ました。


「ステラ、起きるんだ。どうやら見つかっちまったらしい」


 ラルフが声をひそめてステラに囁いた。


「何か聞こえるの?」


「聞こえるんじゃないよ。匂いだよ」


「匂い?グラフの匂いがするのね?」


「間違いないね。ヤツの匂いだ。こっちが匂うってことは、ヤツも匂ってるってことさ。急がないと。ブランたちを巻き込むわけにはいかない」


「シエルも、さあ起きるんだ」


 ラルフは、自分の背中に乗って眠っているシエルにも、声をかけた。


「もう行くでちの?ファーア、、、」


 シエルが眠そうに、目を半開きにしてあくびをした。


「しっ、シエル静かに。ブランを起こさないように。このまま黙って立ち去るんだ」


 ほんのひと時ではあったけれど、ブランはステラに懐いて、とても楽しそうにしていた。

 起こしてしまっては、別れ難くもなるだろう。

 ラルフなりに、ブランのことを思ってのことだった。


 気配を察知して、親熊が目を開けた。


「行くのか?」


「ええ、休ませていただいて助かりました。ありがとう。」


 ラルフが言った。


「無事を祈るよ。そうだ、まだ名前を言ってなかったな。オレの名前はシンだ。またどこかで会えるといいな」 


「ありがとう、シンさん。ブランによろしく伝えてもらえると嬉しいです。楽しかったって」


 ステラは、少し寂しさで、しんみりとした口調になった。


「さあ、元気出すでちのよ。急がなきゃ、急がなきゃ」


 シエルはそう言うと、用もないのにバタバタと飛び回った。


 ステラたちが外に出ると、遠くから草木を踏み分ける音が近づいて来た。


 ―ガサガサ、、、パキッ、、パキッ、、、。


 最初に気づいたのは、やはりラルフだ。


「ヤツが来る。また何か動物を連れてるな。足音がどんどん近づいて来るよ」


 やがてすぐにそれは、ステラの耳にも聞こえて来た。


「ラルフ、どうする?」


「ここではまずいよ。ブランたちを巻き込みたくない。少しでも離れよう」


 ステラも頷いた。


「進行方向からすると、あっちでちわね」


 シエルの先導で、ステラとラルフは、いきなり道もない険しい山を登ることとなった。


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