第四章 決戦

第1話 新たな始まり

 オラコの出て行ったドアの前に立って、ステラとラルフは、ドアの向こうにいるであろうオラコに向かって名前を呼んだ。


「オラコさん!」

 

 まだまだ聞きたいことは山ほどあった。

 ペンダントのことも青い鳥のことも、そしてファイヤースターのことやグラフのこと。

 ステラにもラルフにもわからないことだらけだ。


 しかし、呼びかけには何の反応もなかった。


 ―ドンドンドンドン。


 ステラがドアを叩いてみたが、しかし何も返ってはこない。


 ステラは恐る恐るドアノブを回した、、、。

 鍵はかかっていないようだ。


 カチャッ。


 押してみると、そのまま簡単にドアは開いた。

 しかしドアの向こうは、ステラの想像とは全く違ったものだった。


「えっ、、、」


 ドアの向こうに広がる光景に驚いて、ステラが立ち尽くしていると、側をすりぬけて、ラルフがドアの向こうへと走り出た。


「これは、、、。どういうことなんだ」


 ステラも恐る恐る2、3歩、ドアの向こうへと進み出た。

 二人が茫然と立ち尽くしていると、その時、


 ―パタン。


 背後で、ドアの閉まる音がした。

 ラルフとステラは驚いて振り返ったが、そこにはドアも部屋も、何一つ跡形もなく消えていた。

 まるで初めから、そこには何も存在していなかったかのように。


 二人の周りに広がっているのは、まったく見覚えのない景色だ。 

 ラルフとステラは、湖のほとりの木立の中に、まさに唐突に、ぽつんと立っていた。

 

 ラルフとステラは何を言えばいいのか、言葉を失って、ただただお互いの顔を見つめ合っていた。


「ここはどこなの?」


 先に口を開いたのはステラだった。

 

 ステラの問いかけに、


「ボクにもわからないね」


 と言って、ラルフが首をすくめた。


「一体どうなっているんだか、、、。本当にさっぱりわからないよ」


「でもまあ、つまりボクたちは、あのオラコという予言者に踊らされていたわけだ。謎解きをして、敵に襲われ、だがそれはすべて、オラコの手の内のことだった。そしてとにかく今ボクたちは、彼女の思い通りに、ここにこうしているってわけさ」


 ステラは、すべてが夢か幻なのではないかと、そんな気持ちに襲われた。

 ブンブンと首を左右に振って、目を擦ってみたが、しかし目の前に見えている世界は何も変わらない。


 どうやら、やはりこれは現実のようだ。


 ラルフと一緒に旅をしてきたことも、オラコに会ったことも、夢でも幻でもないらしい。

 その証拠に、首にはオラコのくれたペンダントがかかっていたし、腕には腕輪が付けられていて、そしてラルフの頭の上には、ちょこんと可愛らしい青い鳥が乗っていた。


「どんな結末になるかわからないけど、もうこうなったら行ってみるしかないさ。乗りかかった船ってやつだね」


 ラルフがやれやれという表情で言った。


「そうね。ここから先は、オラコにもわからない。わたしたちの手で、未来の地球を創るのよ」

 

 ステラもラルフの言葉に応じて言った。


 青い鳥は、翆色のクルクルとよく動く瞳で、ステラの方を見ている。

 確かオラコは、この青い鳥を、ガイドとして付けてくれたはずだ。


「ねえ、鳥さん、ここはどこなのかしら?」

 

 ステラが聞いた。


「あたちの名前はシエル•アリイ。シエルって呼んでもいいでちわよ。ここがどこなのか、そんなこと、あたちは知らないでちわ。でもどっちに行けばいいのかは、わかりまちのよ。進行方向はあっちでちの」

 

 シエルの指差した方向を見ると、木立の向こうに草原地帯が見える。

 

 ステラはクスッと笑って


「なんだか面白いわね。わたしはステラ。シエル、よろしくね。」


 と言った。


「あたちのこと、笑ったでちわね」

 

 シエルがギーギーと鳴いてステラに抗議した。


「アリイという名前は、高貴な名前でちの。この羽の青も、特別な青でちのよ。ほら、こうちて太陽にかざすと、エメラルドに輝くでちのよ。フフン」


 シエルは、どうだというように自慢げに、羽を太陽にかざして見せた。


「ごめんなさい、シエル。バカにして笑ったんじゃないのよ。あなたがあんまり可愛らしいから。」


 ステラが申し訳なさそうに、遠慮がちな笑顔で言った。


「わたしたち、きっと気が合うわ、シエル。ほら、わたしのドレスも、あなたの羽と同じエメラルド色よ」


 ステラがくるりと回って見せると、ちょうど風が吹いて、ステラのエメラルド色のドレスが、ゆらゆらと風に揺れた。


 それと一緒に、赤い髪も太陽をキラキラと反射しながら風になびいて、透き通るような白い肌を一層際立たせた。


 美しさに思わずドギマギして、ラルフが目を逸らした。


 シエルがそのラルフの様子に、嫉妬なのか、フンというように飛び立って、ギーギーと鳴きながら、ステラの頭上をぐるぐると飛び回った。


「誰もキミを馬鹿になんかしてないさ。青い羽が素敵だね、シエル。ボクはラルフ」


「ラルフこそ、青い目がきれいでちわね。銀と白の毛も上品でちわ。赤色はやっぱりちょっと、品に欠けまちわね」


 シエルはステラに当て付けるように言った。

 それからシエルは、ラルフの頭の上に止まると、上機嫌でピロピロピロロロと歌を唄い始めた。


 ステラとラルフは思わず吹き出して、楽しげに笑った。


「ハハハハハ」

「フフフフフ」

「ピロピロピロロロ」


 久しぶりに穏やかな時間が流れて、陽の光にあふれた緑の木立に、二人の笑い声とシエルの歌が響いた。


 ステラたちは、シエルの言う通りに、木立を抜けて草原地帯へと進んで行った。

 爽やかな風に、草木が揺れる気持ちのいい景色が広がっている。

 

 進行方向右手にも左手にも、高い山が連なり、草原はちょうどその中間地帯にある。

 左右の山の頂上付近には、雪が残っていて、青い空に雪の白色が映えて美しい。


 ラルフとステラは、あの満月の夜に森を出発して以来、やっとこの時初めて、自然を美しいと思った。

 

 それ程、ラルフもステラも、心の余裕を失っていたと言えるかもしれない。


 これまで、自然は警戒すべきものであって、美しさなどまるで眼中になかったのだから。

 鳥の声を聞きながら、風と光の中を進んでいると、ラルフもステラも、この心地よさがずっと続くような錯覚を覚えた。


 しかし、、、。


 平穏な時は、やはり長くは続かなかった。




 

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