第17話
「失礼だな。お前」
「うおっ………⁉︎」
どんなに悲しくても嘆いても、どうしてかな、腹は減る。
セツが消えてしまったのに、どうしたって腹は減るんだ。
仕方なく近くのコンビニに弁当を買いに行って、コンビニを出たところでにゅっとソイツは現れた。
「季節感クレイジー男‼︎」
「あ?何だ、それ」
そしてすぐ後ろには。
「ふごふごふごっ………」
「………ひいいっ」
イエティ。
やっぱりこわい。イエティも居た。
季節感クレイジー男は今日もアロハシャツに短パンにサンダル。
イエティは何故か風船をたくさん持っていて、コンビニから出て来た子どもにふごふご言いながら風船を配っていた。
………着ぐるみのつもりか?何かのイベントのつもりなのか?それで誤魔化そうっていうのか?
まあ、その方が怪しまれずに済むだろうけど………。
イエティが風船配るって。
………何かシュールだ。
「神が血も涙もないなんてな、失礼だぞお前」
「何で俺が思ったことをお前が知ってるんだよ」
「分かるんだよ。そんなの簡単だ。朝飯前だ。何たっておれは神だからな」
「………誰が信じるんだよ、そんな胡散臭いこと」
「胡散臭いって何だ。ほんとお前失礼だな。おれは神だぞ。か・み」
心なしか唇が尖っている。
そして威張ってるつもりなのか、半歩前に出て胸を張っている。
………思った以上にガキだ。
「………」
「何だその顔は。そもそも名前からして神なんだから、疑う方がどうかしてるんだぞ」
「名前?」
「おれの名前は
「………だから?」
「………鈍いなお前」
「あのな、言っとくけどお前も相当失礼だと思うぞ。一応俺の方が年上だろ?大人なんだよ。なのに鈍いって何だ鈍いって」
「鈍いやつに鈍いと言って何が悪い。ほんとに分からないのか?おれの名前は神田織波だぞ?」
「だから何だよ?名字は別に普通だし名前がちょっと変わってるなぐらいだろ」
はあ。
季節感クレイジー男が、わざとらしく大きくため息を吐いた。吐きやがった。
だから名前が一体何だって言うんだ。分かるように説明してくれ。
「だから、おれは神田織波。かんだおりは。かんだおりはかんだおりは………神だおれは、だ」
「………は?」
「おれの名前がおれが神だということを証明してる」
「………」
えっと。
どうしたらいいんだろう。シャレか?まさかの真面目か?
果てしなく不毛な会話をしているような気がしてきて、今度は俺がため息を吐いた。
「まだ信じないのか。相当疑い深いなお前」
「………だからその格好で神だって言われて誰が信じるんだよ」
とりあえずシャレの名前云々は置いといて、アロハに短パンを指さした。
いくらあったかいとは言え、今はまだそんな恰好をする季節じゃない。
確かにセツの手を治していたけど。目の前で見た、けど。
それだけで神だって言われても、なあ。
「じゃあどんなのだったら神だと信じるって言うんだ?」
「もっとそれっぽく登場してくれれば………?」
「それっぽくって何だ」
「空からゆっくり降りて来るとか?」
「………お前」
「………何だよ」
「………やっぱりバカなんだな」
「バカとは何だ、バカとは‼︎だいたい急に現れて俺に何の用だって言うんだ‼︎俺は今それどころじゃっ………‼︎」
あ。
ちょっと、待て。
何か色々だ。色々。
季節感クレイジー男・織波が、急に黙った俺をじっと見た。
イエティは次から次へと群がってくる子どもに風船を渡したり、写真を撮られたりしている。
………イエティ。ユキオだ。こっちもシャレだ。
ユキオ。セツの弟。
消えてしまった、セツの。
「ユキオ‼︎」
「ふご?」
俺は全長推定2メートルの白いもふもふの前にダッシュして、そして膝をついた。
ゴツってなった膝が痛かった。
弁当が一緒にバサってなったけど、もうどうでも良かった。
「………ごめん。ごめんじゃ済まないけどごめん‼︎」
「ふごご?」
「セツが………俺のせいで、セツがっ………‼︎」
消えた瞬間を生々しく思い出して、俺はまた溢れてくる涙を抑えることができなかった。
助けてもらったのに、世話になったのに、ずっと好きだったって言ってくれたのに、多分スキーをしてる俺を知らないところでずっと守ってくれてたのに。俺を助けたばかりに。
何で消えたかなんて分からない。でも俺のせいだってことだけは分かる。
セツ。
キレイなキレイな雪女。………男だけど。
溢れた涙は鮮やかにセツの記憶を連れてくる。
消えていくっていうのに、消えて行こうとしてるのに、セツは言ったんだ。忘れていいよって。
忘れていいってことは、セツのことも、セツが俺のせいで消えたってことも、全部忘れていいってことなんじゃないかって俺は思ったんだ。
全部。全部を。
それを許せるってどんなだよ。どんだけ優しいんだ。どんだけ、俺は。
手を真っ赤に焼け爛れさせてまで、痛いとか一言も口に出さず甲斐甲斐しく世話をしてくれたってのに、俺は。
俺は。俺は、俺は、俺は。
「ごめん………。ごめん。ごめん、なさっ………」
ボロボロと、涙が落ちて。
俺はアスファルトの駐車場に突っ伏した。
突っ伏してわんわん泣いてたら、ふごふごって声が頭の上から聞こえて、そして俺は。
「のあああああっ」
イエティに両脇をガシっと捕まえられて、ぶらーんって、抱え上げられた。
あれ?風船は?
高い高いの状態でキョロキョロしたら、織波が風船を配っていた。
つか、子どもたちのいいなー‼︎次わたしー‼︎ぼくもーっていう声と羨望の眼差しが非常に、非常に………痛い。
「ふごふごふご」
「え?」
イエティが何か言ってる、けど。
俺にはやっぱりふごふごしか分からない。
分からない。けど。
「お前は俺に触っても大丈夫なのか?ってか、こんなあったかいのにこんなとこに居て大丈夫なのか?お前にまで何かあったら、俺はもう………」
どうして、いいか。
セツは俺に触ると火傷した。セツはストーブのついた部屋ではツラそうだった。
弟ならコイツもそうじゃないのか?って。
「ユキオー。そろそろ行くかー」
「ふごっ」
「え?」
織波の呑気な声。
ユキオのよく分からない返事。
そして俺は。
そして、俺は。
「ぬおおおおおおおおっ………」
イエティに荷物みたいに抱えられて。
………拉致られた。
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