第16話

 消えた。

 

 

 セツが、本当に消えた。

 

 

 

 

 

 消えてしまったセツに、俺は泣いた。

 

 

 

 

 

 何で、だよ。

 

 

 何で消えた?

 

 

 意味が分からない。

 

 




 分からないのに、セツは俺の目の前で消えてしまって、残ったのはひんやりとした唇の感触と、俺がぐるぐる巻きにされていた毛布。だけ。

 

 

 

 

 

 ひゅるり。

 

 

 

 

 

 風が吹いて、雪が舞う。

 

 

 舞った雪が太陽に照らされてキラキラと輝いた。

 

 

 

 

 

『倫』

 

 

 

 

 

 セツの声が耳に残ってる。

 

 

 大切に。大切なもののように。すごい、名前が。

 

 

 俺の名前ってそんななの?ってぐらい、穏やかで優しい声で。

 

 

 

 

 

『すき』

『でも、忘れていいよ』

 

 

 

 

 

 涙が、止まらなかった。

 

 

 

 

 

 セツ。

 

 

 

 

 

 たった数日で俺の心を完全に奪った雪女。

 

 

 ………いや、男だけど。

 

 

 

 

 

「俺も、好きだよ」

 

 

 

 

 

 恋にできずに終わった恋は、どこにやったらいいんだよ。

 

 

 

 

 

 毛布を抱いて、俺は泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スキー場のスタッフが点検のためにリフトで上がって来て、俺は保護された。

 

 

 救急車が来て病院に運ばれて検査入院して、警察にも話を聞かれて、新聞とかにも『奇跡の生還』ってデカデカと載った。ちょっとした有名人だった。

 

 




 親に無事で良かったって泣かれた。

 

 

 会社の上司や同僚、一緒にスキーに行ってたツレにも良かったって言われた。

 

 

 

 

 

 良くなんか。

 

 

 良くなんか、ねぇ。

 

 

 

 

 

 適当に、警察には言った。

 

 

 たまたまログハウスに辿り着いた。たまたま暖が取れた。たまたま食料があった。

 

 

 だから雪がやむのを待って自力で降りてきたって。

 

 

 

 

 

『幸運でしたね。本当に奇跡としか言いようがないです』

 

 

 

 

 

 そうですね。

 

 

 

 

 

 自分の声がひどくかわいていた。

 

 

 

 

 

 当たり前だけど身体のどこにも異常はなくて、俺はすぐに退院出来た。

 

 

 上司の気遣いで俺は退院後1週間の休みをもらった。

 

 

 

 

 

 仕事をしていた方が気が紛れていいのに。

 

 

 

 

 

 考えても仕方ないって、頭では分かっていたけれど。

 

 

 俺は毎日毎日、セツのことばかりを考えて過ごした。

 

 

 

 

 

 何でセツが消える必要があったんだよ。

 

 

 何で消えたんだよ。

 

 

 本当にもう会えないのかよ。

 

 

 じゃあ何で俺たちは出会ったんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 快晴。

 

 

 雲ひとつない青い空。

 

 

 

 

 

 こんなにあったかい今日なのに。

 

 

 俺の心はまだずっと、ホワイトアウトの中だった。

 

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