第18話

「………」

「早く開けろよ」

「ふごっ」

「………」

「ほら、早く。お前が開けなくてもおれは開けられるんだぞ。勝手に開けていいのか?」

「ふごっ」






いや………。開けるけど。



開けるけど、な?






俺は仕方なくポケットからマンションの鍵を出して開けた。






開けたけど、な?






ズカズカと遠慮の『え』の字もなく入って行く季節感クレイジー男・織波と、イエティ・ユキオ。






「何でウチ知ってんの?」






サンダルを脱いで上がって行く後ろ姿に聞けば、織波は振り向いてふふんってドヤ顔をした。






「神だからな」

「すまん………。胡散臭すぎてもうどうでもいい」

「胡散臭すぎてって、お前ほんとにほんとにほんっとに失礼なやつだな」

「………すまん。何て言われようと胡散臭いものは胡散臭いんだよ。あ、こら、イエティ‼︎そのまま上がったら床が汚れるだろ‼︎足拭くの持って来るから待ってろ」

「………ふご」





一人暮らし用の狭いマンションの玄関。



織波に続いて入って行こうと片足を上げたユキオに言って、ユキオと壁の隙間から俺は中に入った。



そして適当に置いてあった恐らく洗ったと思うフェイスタオルを濡らして、ユキオに持って行った。



ユキオはデカい身体を器用に折り曲げて足の裏を拭いて、部屋に入った。



ふごごごって返されたタオルは。






「………」






………真っ黒、だった。






あのふたりが帰ったら、拭き掃除した方がいいかも。






めんどくせぇなあ。






本当に織波が神さまで、不思議な力があるって言うなら、その力で床をキレイにしてから帰ってくれ。






「床だな。やってやるよ」

「うおっ………⁉︎」

「何だ?」

「何で俺が考えてること………」

「だから何度も何度も言ってる。おれは神だ。お前が考えてることなんか全部筒抜けだ。何故信じない」

「だから胡散臭すぎるって言ってるだろ」

「………まあいい」






織波がドサってソファに座った。






何か出した方がいいのか?コーヒーとか?



あ、でもユキオはイエティだから熱いものはダメか。



冷たいものなんか水しかねぇぞ?






「用が済んだら帰るからいい」

「………ああそう」






また。






どうやら俺が考えてることは本当に織波に筒抜けらしい。



でも、じゃあ他の人の考えも筒抜けなのか?



そしたらえらい大変だな。どんだけの人の声が聞こえるって言うんだ。






「安心しろ。聞こえないようにすることもできる」

「………なら俺の心の声も聞こえないようにしてくれ」

「別にいいだろ。減るもんじゃないし」

「………」






………悪いが。



うん、悪いがやっぱりこいつが神さまだっていうのは信じられない。



不思議な力があるのは分かった。俺の考えてることも分かってる。



でも、何て言うか。






………ガキじゃね?






「18だからしょうがないだろ」

「18⁉︎」

「18だよ」

「………神さまが18歳。神さまが18歳」






ああ、そう言えばセツが言ってたな。中身は神さまだけどうんちゃらかんちゃらって。






18………。18か。






神さまが俺より年下って………なあ?何か複雑すぎてどうしたらいいか分からない。






「ふごっ」

「ん?」

「ふごふごふごふごっ」

「ああ、悪い悪い。そうだな、遊んでないで本題に入ろう」

「ふごふごごっ」

「分かった分かった。分かったから」






俺が織波と話してる間、ユキオは部屋をうろうろしていた。



でもそれに飽きたのか、用事を思い出したのか、織波に向かってふごふご言っている。






「ユキオ、来い」

「………ふご」






織波がソファに座ったまま、白いもふもふのユキオに手を伸ばした。



ユキオは織波の前に膝をついて。



そして。






………キス。






白いもふもふに、織波がキスをした。






その瞬間。



陳腐な言い方をするなら、魔法がとける。






白いもふもふのユキオは剥がれるみたいに消えて。



セツを思い出させる白い肌の、人型のユキオが、現れた。






「………ん」

「ユキオ、ユキオ。今日もかわいい。このまま押し倒したい」

「………織波」






まっぱのユキオとアロハに短パンの織波が俺の前でキスを繰り返す。



しかもどんどん濃厚になっていく。



ユキオがキレイなだけに、絵になって。






いや、絵になってるけど。






「………お前ら何しに来たの?」

「あ」

「そうだ」






俺はてっきりセツのことで責められるとばかり思ってたんだけど。






ユキオのまっぱが目の毒で、俺はクローゼットからスウェットを出して渡した。



ありがとって素直に受け取って、着る。






「今日来たのは他でもない。………セツのことだ」






織波が急に真面目な顔で、急に凛とした声で、言った。






俺はどきんって、なった。

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