第35話
「気になるようでしたら、行かれてみては如何でしょう。ピエールさんの知りたい何かが、あそこにあると、僕は思っています」
アスランの言葉に背中を押される。正直、確かめるのが怖い。
真っ白になった頭が、遠巻きに答えを見せつけてくる。それは弱りに弱った、嫁の姿。
一歩歩くだけで痛みで顔を歪ませる、嫁の姿。
「嘘だ……こんなとこに居るはずがねぇ……」
気付くとピエールは駆けていた。
もし嫁があの小道の陰に居て、痛みで苦しんでいるのだとしたら、すぐにでも抱きしめて助けてやりたい。その一心で。
「お、お前……なんで?」
当たって欲しくなかった予想は、的中してしまった。
茶色いローブを頭から被り、見たこともない杖をつき、体重のほとんどを民家の壁に預けている――嫁だった。
「だって私……あなたが他の女と浮気してるんじゃないかと思うと、心配で……心配で……。最初は出来心だったの。エリルっていう後輩と親しげにしてるあなたを一目見たら……もう……ごめんなさい」
糸が切れたようにその場で泣き崩れる嫁に、ピエールは透かさず手を伸ばす。力強く抱きしめて、引き寄せる。
「だからってお前なぁ。俺がどれだけ心配したと思ってんだ……。浮気なんかしねぇよ。俺が心から愛していると言えるのは、世界でお前だけなんだからよぉ!」
震えて小さくなった嫁の体に触れていると、自分が情けなくて情けなくて、どうしようもなくなる。
こんなになるまで苦しい想いをさせていただなんて……。
「ごめんなさい……あなた、本当に、こんなわたしで」
「やめてくれ。謝らないでくれよ。謝るのは俺の方だ。これからはもっとお前のことを大切にする。神に誓うよ」
嫁は頷いて、ピエールにしがみ付く。もう離したくないと、言わんばかりだった。
「あ、あの?」
エリルだ。申し訳なさそうに背後から声を忍ばせている。
「なんか、ごめんなさい。私、ピエール先輩のこと尊敬してますし、言い方はあれですけど、愛しています」
「愛って……お前こんな時にっ」
「でも! 奥さんが心配するようなものじゃなくて、なんて言うんだろう……奥さんを一途に思うピエール先輩が、私は好きなんだと思います。どんなにアタックしても私に靡かない先輩との距離感が、楽しいっていうか……。だからむしろ安心して欲しいです! 先輩が他の子に手を出したら、私が先輩の顔を引っ叩いてでも、無理矢理目を覚まさせてやりますからっ! あなたには大事な嫁さんが、家で待っていてくれているでしょ!? って!」
「お前、俺に大してそんな風に思っていたのか」
もっと浅ましい考えだと思っていただけに、すごく意外だった。エリルに対する印象ががらりと変わってしまう。
「分かっているの……あなたが心から愛しているのは私だけだって」
嫁は自責するように言葉を紡ぐ。
そんな顔しないでくれと、と言うのは簡単だが、問題の根本を取り除くことにはきっとならない。
嫉妬心という名の、誰もが持つ感情が、嫁は少し強くて。その心に拍車を掛けるように、俺は色気に溢れている。
どちらも容易に変えられるものじゃない。
ならせめて、日々積み重なっていく思いの丈を伝えたい……。もっとちゃんと伝えなきゃならない。
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