第34話
「ちょうど私がピエール先輩の後輩になった時期ですね」
エリルが会話を繋ぐようにして言った。
「ああ、そいやそーだな。俺のことだから、可愛い後輩の話もしたはずだ。あの手この手でエリルに自転車を覚えさせたのは、楽しい思い出だしな。俺は身の回りに起きた新しいことは、嫁に包み隠さず話すから」
薄ぼんやりとした記憶を手繰り寄せる。
平日の晩飯だったか、休日デートの店でとったディナーでのことだったか、とにかく、夜の食事をしてた時だった。
仕事も運動神経も駄目駄目だが愛嬌だけは人一倍あるエリルの話しを、笑って聞かせたことがある。
何の変哲もない一時を飾る雑談だった。嫁もいつものように楽しげに聞いていた。と思う。
「すまんなアスラン、俺これくらいしか思い出せなくて。でもこんなこと聞いて何になるんだ?」
どれも嫁の病気と関連がある質問ようには思えない。
「ピエールさんの奥様は、本当に病気なのでしょうか?」
「だから、そう言ってるだろ? じゃあなんで突然足の裏に豆ができて、それが勝手に潰れて血が出るってんだ」
「お言葉を返すようですが、病院で診てもらっても判明しなかったのですよね? それで僕の所にやって来た……。医者でない僕に解決できると、ピエールさん自身が、心の何処かで勘付いていたんじゃないでしょうか」
勘付くってなんだよ。まるでもう答えが分かっているような言い方じゃないか。
アスランがなにを言ってるのか理解に苦しむ。俺がアスランを頼ったのは、藁にも縋りたかったからだ。それ以外に理由なんて……。
「あ! たぶん私、分かったわ」
シルクが驚きの声と共に、とんでもないことを口にした。
ピエールはすぐにじり寄る。
「わ、分かったって……嫁の病気の原因が分かったという意味か!?」
「う、うん。あなたの考えているような病気とは違うけど、病的という意味では、病気と言えるのかしら」
「なあアスランも、分かっているのなら勿体ぶらずに教えてくれよ。後生だからよぉ!」
ピエールはアスランに答えを求めて縋った。嫁を思えば、恥も外聞も知ったことではない。
「足にできる豆が病気でないと仮定した時、残る答えは奇妙ですが、一つです。奥様は、豆ができるまで歩いて、更に出血するほど歩いた。鼻緒にも血が付着していたのが、それを裏付ける証拠です」
まったく予期していなかった答えが降ってきた。突如として現れた巨大な白紙が思考を覆って、頭の中が真っ白になる。
「なんで……そんなことを?」
「その質問は、ご本人に直接されてはいかがでしょうか」
さっきっから、アスランとシルクの視線が変だ。俺の遥か後ろに向けられている。
ピエールは気になって振り返った。黄砂に覆われた陰気でゴミゴミとした通路。なんの変わりもない。
一瞬、建物と建物の間の小道に何かが消え入った。それだけなら通行人が移動した際の端が見えただけと思う。
その何かはヒラヒラとした布の一部のようで、再び現れては、逃げるように隠れて消える。
――あれは、なんだ?
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