第32話

「シルクさんには、お客様を連れて来てほしいとお願いしましたが、まさかピエールさん達を連れてくるとは思いませんでした」


「ごめんアスラン、捕まって逃げられなくて……」


 ピエールは途方に暮れるシルクを遮るようにして前に出る。


「ははは、悪いなーアスラン。最近は繁盛してるそうじゃねぇか。お前も毎月役所に払うもんを払ってくれれば、俺の手間も減るんだけどなー」


「僕もいつかそうしたいと思ってはいるのですが。罰金ですよね、いくらでしたっけ?」


「まあそう事を急くなって」

 机の引き出しから金袋を取り出すアスランを、ピエールは制止させる。


「実はな、今日はお前に私用があって来たんだわ。俺の話を聞いてくれるってんなら、見逃してやらんこともないぞ」


「私用、ですか。伺いましょう」



 基本的に男を好かないピエールだが、頭の回転の速い奴だけは別で、尊敬に値する。アスランは数少ないその一人だ。

 こんな街の隅っこで燻らせておくには惜しい存在だと、常々思っている。きっといつか大成するだろう、とも。


 実のところ、そんなアスランだからこそ、望みを託したいと思いやってきたのだ。


「俺の嫁がよ、変な病気に罹っちまったんだ。一年位前から足裏を痛がり出して、半年くらい前からは足の裏に豆がいくつもでき始めた。それを放っておくと潰れて血がでやがる……もちろん歩かないよう言い聞かせてある。色んな医者に診てもらったが、原因も解決法も分からないときたもんだ」


「それは、大変ですね」


「ああ、本人は元気無くしちまうし、ほとんど家に引き篭もっててよぉ。それでも買い物には毎日行くんだわ……。行かなくて良いって言ってんのによ。健気だろ? あいつのこと、なんとかしてやりてぇんだ」


 思い浮かべると胸が張り裂けそうになる。

 それでもあいつは弱音を吐かないし、俺の弁当だけは死んでも作ると言って聞かない。



「それで……どうして僕のところに?」

 アスランは困ったように首を捻った。


「役人やってるとな、色んな噂が耳に入ってくる。最近だと、お前の良い噂もな。足に関してなら、お前は誰よりも詳しい。言うなれば、医者みてぇなもんだろ?」


「僕が医者、ですか」


 アスランは小さく笑う。そして、表情を正して言葉を繋げた。


「ピエールさんが奥様を大切にされているのは分かりました。僕もピエールさんには何度かお目溢しを頂いていますから、お役に立てるのならそうしたいです」


「そうか! 解明できなくても、ヒントだけでも欲しいんだ」


 藁にもすがる想いだった。もしアスランが駄目なら、他に泣きつける島も見当たらない。

 暗い海の底に沈んでいくような気持ちで、感傷に浸るしかなくなってしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る