第30話

 広場を見下ろすようにして、ビル群が建ち並ぶ。行き交う人は皆小綺麗な身なりで忙しなく、アスファルトの歩道を進んでいく。


 そんな喧騒から切り離されたように、広場ではゆるりとした時間が流れていた。


 人工芝生でくつろぐ家族、ベンチで身を寄せ合う恋人たち、並木道では犬連れの子供が駆けている。

 これで黄砂さえなければ、いくらでも耽っていたいと思わせる。



「そこのお嬢ちゃん、お話をよろしいかな」


「はい! 靴磨きに修復まで、格安で承っております。御入用であれば、私がアスランの靴磨き店に直接ご案な……うわ、役所の人」


 シルクはピエールを認めて、分かりやすく口元を引き攣らせた。自身が法に沿わない事をやっている自覚はあるらしい。


「おっと待った。逃げても無駄だよ、君の店主の顔は割れてんだ」


 踵を返そうとするシルクを、言葉で縛り付ける。


「……お願~い、見逃して。私ね、自身の宣伝にもなるこの仕事が、とても気に入ってるの」


 シルクが観念して見えたのも束の間、翻るように眉をひそめて猫撫で声で腕に触れてくる。


 お手製と思われる立て看板には、『踊り子シルクの公演案内』と大々的に書かれていて、開演の詳しい場所や日時も記されている。

 色気全開の蠱惑的な踊り子姿の写真も貼られていて、正直そそられるものがある。

 ちなみにこの宣伝も無許可臭い。



「ま、まあ、俺も鬼じゃないから、事情があるってんなら、近くの喫茶店でゆっくりとお茶でも飲みながら聴くよ。お望みなら、夜のアフターケアも――」


「先輩、ピエール先輩! なに数秒で骨抜きにされてるんですか! しかも私の目の前で……。この瞳が黒い内は許しませんよ」


 黒というより赤みの強い瞳のエリルが、間に挟まって頬を膨らませる。主にピエールに対し、抗議の目を向けている。


「じょ、冗談だよ。こんな役柄だから、殺伐としないために必要なコミュニケーションなだけだ」


「それ、ほんとですか」


「おうよ。エリル、お前も俺の背中を見て、いつかは立派な役人になるんだぞ?」

「ピエール先輩を眺めるのは好きですけど、簡単に鼻の下を伸ばすところは真似したいと思いません」


 バッサリだった。敬愛してくれてる後輩に断言されると傷付くぜ……。


「エリルとの話の続きは後日するとして、俺たちと一緒にアスランのとこに来てもらうよ、お嬢さん」


「あぁもう! 分かったわ。でもお願い、アスランには極力迷惑をかけたくないの」


「それは君たちの態度次第だな」

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