第29話

 ピエールたちは自転車に跨って、幾つもの窮屈な細道を糸を通すように漕いでいく。


 毛細血管のように続く道々は、行き交う人の香水と砂埃の匂いとが混ざり合う。

 公道の端は民家の私物に占領されて、車はとてもじゃないが通れないし、自転車を使うのも本当は向いていない。


 街の中心地や大通りを抜きにすれば、大半がこんな感じだ。


 そんなんだから住民のほとんどは車を持たないし、自転車も持たない。その代わり発達した数多ある個人店で日々の品を買うことで、大抵の物は事足りてしまう。


 少し歩いて大通りまで行けばバスが充実してるから、遠くに行く際はこれを利用している。



「ピエール先輩、遅い遅~い!」


「後ろを向いて自転車を漕ぐと怪我するぞ」


「そしたら、私に自転車を教えた先輩のせいですよー」


 つい一年前まで自転車に乗れなかったエリルを、手取り足取り教えてやった返礼がこれか……。呆れて笑けてしまう。


 最初の見回り地点の近くで自転車から降りて脇道に停める。


 エリルが肘の生地をちょんちょんと引っ張ってきた。

 一等地の広場が見える場所で、エリルに釣られる形でピエールも足を止める。



「先輩、見慣れない可愛い子が呼び込みやってますよ。あの子、許可は取ってるんですかね?」


「ん? ああ、あれはアスランとこの呼び込み嬢だな。シルクっていってな、アスランの露店共々許可無しだ。……ほんっと、遠目からでもスタイル良いよなぁ。踊り子やってんだってよー」


「むぅ。お詳しいですね」


「そらそうよ。あの子さ、靴を直したいって役所に来たことあって、すごく困ってるみたいだったから、俺がアスランの露店を教えてやったんだ」


「無許可の露店を役所の人が教えても、いいものなんですか?」


「良くはないだろう。でもよぉ、スゲー可愛い顔で悲しい表情をするんだもん。見てて居た堪れなくてよ。それに、良い匂いだったなあ」


 目を瞑ると、甘いバニラの香水が脳裏で蘇った。

 今も白いローブを纏っているが、百戦錬磨の俺には分かる、胸はEカップ以上だ!


「先輩のそういうとこ、私以外に向けて欲しくないです」

 エリルはあからさまにヘソを曲げた。


「俺既婚者なんだけど……。それって嫁相手にもダメなのか?」


「それはまあ、奥さん相手なら仕方ないので許しますけど。あの呼び込み嬢は論外です」


「お前の許可制かよ。気持ちは嬉しいけど、そう怒るなって。エリルも充分可愛いよ」


「か、かわい……へへへ」


「許せエリル。俺も一端の男として生まれたからにはな、魅力的な女性に惹かれるのは、もはや義務なんだ」


「い、言い切った!? 先輩って…………やっぱり格好良い」


「だろ? だははは!」


 芝居がかったようなやり取りも早々に切り上げて、目的を果たしに足を進ませる。

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