町役員の悩み
第28話
ピエールは街役所の窓から外の様子を確認した。今朝の通勤途中では青空が見えていたのに、すっかり黄色がかってきている。
――この街で生まれ育って二十五年。
「この黄砂だけは慣れねぇな」
視線をデスクに戻して、空になった弁当箱をビジネスバッグに片した。
これから不法に露店を開いている輩がいないかの見回りをしないといけないってのに、お天道さんは意地が悪いぜ。
染めたばかりの金髪がくすむのが嫌だ。アイロン掛けしてあるスーツが埃っぽくなるのもストレスだ。
黄砂は百害あって一利無し。
「先輩、先輩。ピエール先輩! 楽しい楽しい私とのデートの時間ですよ!」
三つ年下のエリルがデスクの合間を縫うようにしてやってきた。
背が低くて可愛げのある奴で、去年から俺の後輩として働いている新人だ。こいつは毎回どこか抜けている……今だってそうだ。
「見回りも女の子とのデートだと思えば、気が楽になる、か。ところでなあエリルよ、今日の水瓶座の運勢を知りたくないか? お前は占い好きだもんな、よし教えてあげよう。ずばり、昼食に焼きそばだ!」
「え!? 本当ですか! 先輩聞いてください、私昼食に焼きそばパンを食べました!」
だろうな、口元に焼きそばの麺の滓が張り付いている。逆に器用なんじゃないかと思えてくる。
「せ、先輩? そんなに見つめられると……わたし……」
「エリル、じっとしているんだ」
「で、でも周りの皆も見てるのに……」
ピエールは瞳を潤ませるエリルをお構いなしに、顎にそっと手を這わせた。
そして、麺の滓を摘んで自分の口に放り込む。一応周りの反応を気にしたが、同僚たちは誰も彼も慣れた様子で自身の仕事をこなしている。
「わ、わたし……トキメキました! ピエール先輩のそういうとこ、格好良いです!」
「世の女の子がエリルみたいに理解があってくれればなあ。にしても、エリルは一日一回は俺にときめくよな。嬉しいんだけど、有り難みが薄まる気がするよ」
「ピエール先輩は、嫁さんと毎日愛の言葉を交わすの嫌な人ですか?」
期待のこもった眼差しで見上げてくる。
こいつまさか、俺と本気でそういう関係になりたいとか、思ってない……よな?
ピエールは、家で自分の帰りを待つ嫁を思い浮かべた。
一日に十回は愛の言葉をささやき合っている。有り難みが薄まるなどと、考えたこともない。
今日も帰ったら、弁当を作ってくれたお礼にと、愛の言葉を返すつもりだ。
「っとと、先輩、楽しいお喋りもいいですが」
エリルはピエールのビジネスバッグを持ち上げ、手渡すように差し出した。私と楽しい見回りデートをしましょう、そう柔らかそうな表情がにこやかに告げている。
「エリルは可愛いだけでなく気も利くな。絶対に良い嫁さんになる、俺が保証するよ」
「そ、そうですか? えへへ」
ピエールは顔を赤らめるエリルに適当なウインクを投げかけて、街役所の出口へと向かった。
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