第23話

「義足の先端に着いてる靴のことだ。もっと小さくて女性らしい、可愛い物に変えてもらえないだろうか」


 今着いているのは、大人がバスケする時に履くような、ちゃんとした造りの運動靴だ。

 化学繊維でできた網目状の素材は、みるからに通気性と軽量性に優れている。靴底のクッション部分がかなり厚く、激しい運動には向いているのだろう。


 ……だが、白一色で艶っぽさはまるでない。厳つさを感じさせるほど大きいのも、どうかと思う。これだと左右で違う靴を履くことになる。全体的に、女の子らしさが欠如している。

 普段履きならまだいいが、今回は舞台の上だ。靴も踊りに合わせたい。


「女性らしく、ですか。表面の色なら着色できます。ですがクッション性を考えると、このタイプの靴が最善かと思います」


「クッション性は大事だが、せめて踊りの時だけでも変えられないか? できれば、左右両方で履ける小柄なスニーカーが良い」


「承服できませんね。踊るのなら尚のことクッション性は必要でしょう? 見た目よりも、履く人の健康を重視すべきですよ。見た目は二の次、それが靴の意義です」


「君の言うことも分からなくもないが、こと踊りに関しては当て嵌まらない」

「いえ、当て嵌まります」


「……。如何にして観客を魅了するか……今回の演技は、ただ踊れば良いというものじゃないんだ」

「分かりませんね。色を変えるだけではダメなのですか?」


「色だけじゃなく、大きさや材質にも問題がある。たとえば、今ファラエスが履いてる靴に変えるのはどうかな。変えて貰えると嬉しいのだが」



 ファラエスの靴は、淡い赤をしたスニーカーだ。中央の靴紐で足を固定するタイプ。紐の濃い赤が可愛らしいコントラストになっている。

 表面を毛羽立たせた革は、柔らかな印象を与える。靴底の厚さは小指ほどで、普通に出歩くことを想定した造りだ。


 本当はもっとファラエスの魅力を引き立たせられる靴を知っているが、それを言ってしまうとアスランとの口論が激化するのが明白だから、仕方なくで妥協した。


「すみませんが、話になりません」


 妥協した末の、交渉決裂。


 靴を肴に美味い酒が酌み交わせそうだと、思っていたあたしが馬鹿だった。この青年、もう少し柔軟に考えられないものか……。



「どうしてそこまで拘るんです? あなたにとって可愛らしさとは、ファラエスの安全や健康より大事な要素なんですか?」


「靴はファッションであり、自身を表現する物だ。ごてごての運動靴では、『少女が頑張って踊っている』程度にしか思われない。だが女性らしい靴を履いて踊れば、『片脚欠損してても、一人の女性として力強く生きていく様』を表現できる。言葉を超えて、伝えることができるんだ! この重要性が、分からないか……」


「靴一つで、彼女の生き様を伝えられると?」


 アスランの目は理解とはほど遠いものだった。靴の知識は確かなものだが、表現者としての知見はないようだ。



「はいっ、はいはいはい!」

 黙って聞いていたファラエスが、頻りと手を上げた。


「私はユルケに賛成! 危険を怖がってたら、なんにもできないもん。どうせ舞台の上で踊るなら、私は女の子らしく踊ってみたい」

「……危険と隣り合わせでも、ですか?」


「アスランお兄ちゃんは心配し過ぎだよ。私追いかけっこしてても、滅多に転んだりしないんだから」


 ファラエスは軽くしゃがんだ、かと思えば、そこから高く跳んでぐるりと空中大回転を決める。

 ダルクが見たら眉間に皺を寄せること必須だろう。


「なっ……」

 アスランは、初めて大技を見たユルケと同じ顔をした。

「っと! へへっ、凄いでしょー。この技もね、初めてやった時はすごく怖かったんだ。でもね、今は全然怖くないの。――あっ! ユルケ、ダルクさんには今のやつ内緒にしてね」


「あたしとファラエスの秘密だ」

「うん! へへへ」


 アスランは呆気から復帰すると、おもむろに口を開く。

「大した脚力だと思います。正直、かなり驚きました。危険を怖がってたらなんにもできない、それは……その通りですね」


「じゃあ今私が履いてる靴で作ってくれる!?」


「受け入れ難い部分が多々あります。靴の第一目的が足の動きのサポートと保護である考えを、僕は変えるつもりはありません」

「そっか、ならもう仕方ないね……」


 肩を落とす。ファラエスに、アスランは優しい口調で言葉を繋げた。


「ですが、見た目を重んじるユルケさんの主張に、心のどこかで一理あるなと思ってしまったのもまた事実です。ファラエスを見るに、僕の靴に対する理解はまだまだ未熟でした……。そしてファラエス、あなたの未来はあなたが選ぶべきだと思います。僕にできるのは、靴を介して手助けすることだけです」


「アスランお兄ちゃん、いいの!?」


「はい……今回は僕の負けです」


「ありがとう、アスランお兄ちゃん!」


 苦笑するアスランに、ファラエスは飛び込むように抱きついた。



「あたしからも感謝する。作ってもらう分際で、我儘を言っていた自覚はあるんだ。それでも譲れなかった。――本当にありがとう」

「無事に成功することを祈ります」



 話が一段落して、料金の交渉を行った。


 ……安い。


 一般に出回っている義足の一割くらいじゃないだろうか。

 シンプルさ故の不備はあるが、大人になって買い替えるまでの仮初めであると考えれば、十二分な買い物だと思える。

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