第22話

 朝食を終えて、あたしとファラエスは孤児養護施設を共に発った。


「ワォ」


 出てすぐに犬に吠えられた。アスランとこのルークだ。まるで待ち侘びていたかのように、あたしの足元に顔を近づけて来る。


「こんな所に中型犬がいるなんて、珍しいね。迷い犬かなー?」


「今から行くアスランの犬だな。ちょうど良い、また案内してもらおう」


 あたしの臭いを嗅ぎ飽きたらしいルークが、とことこと歩みを始める。

 その後ろ姿に、ファラエスは驚きの声をあげた。


「義足!? あの子義足着けてる!」


「おそらく、あなたも似たものを着けることになる。今の内から参考にしておくといい」


「あれが、私の脚に……」

 ファラエスはしばらくの間、ルークの義足を興味深そうに見つめていた。




 ファラエスは街の小さなことにも関心を寄せ、関連した話しを楽しそうにあたしに聞かせた。タバコ屋、広場の石階段、通りすがりのお婆さん。


 ユルケはまるで、尽きることのない源泉に当てられているような気分だった。


「この辺りは治安が悪いから、絶対に子供だけで行くなって、ダルクさんが言ってた」


 そう言ってファラエスは、ユルケの裾を軽く摘む。

 表立っては強がっているが、内心では不安なのだろう。


「あたしがいるから心配ない」

「うん! へへっ」


 そろそろだろう。ファラエスの歩行に合わせていたルークが、一転して駆け出した。


「アスラン、遅くなったが連れてきた。彼女がファラエスだ」


「お待ちしてました。――僕はこの店の店主のアスランと言います、よろしくファラエス」


「うん、よろしくねアスラン」


 二人の握手を見届けて、ユルケは早速本題を切り出す。

「すまないが時間なくてね、出来るだけ早く作ってもらいたい」


「そうかと思いまして、知り合いとも話して、まだ形だけですがとりあえず原型を用意してみました」


 アスランは机の陰から木製の支柱を取り出した。

 細長く加工された円柱をしている。周囲は一般男性の二の腕くらいある。先端には大人用の運動靴。


 全長はファラエスの膝下以上にある。長い分には後から削って調節できるから、それを見越してだろう。


「それが私の義足になるの?」


「手に取ってみます?」


「うん」

 ファラエスは義足を受け取ると、幻にでも触れるようにその感触を確かめた。


「有難い。でもまだ料金の交渉をしていないのに、よくここまで作ってくれたな」


「祭典が近いですから」


 感慨深げなユルケに、アスランはにこやかに言ってのける。


 初対面だったあたしの言葉を信じて、見ず知らずのファラエスのためにそこまで気を利かせてくれたというのか……。


「変でしたか? 僕靴を履けずに困ってる人を、なんだか放っておけなくて」


 詐欺が平然とまかり通るこの街で、善人が過ぎる。

 ――ふふ、これに関してはあたしも似たようなものか。


「調整用に膝の型を粘土で取らせて下さい」

「はーい」


 アスランの用意した粘土に、ファラエスの左膝を押し当てて型を取る。メジャーを使い義足に必要な長さも測ってもらった。


「問題がないようでしたら、このまま作っていきます」


「思ったより早くできそうで助かる」


「……義足で一番大変なのが、使用時の違和感を減らすための試行錯誤なんです」


 義足は長時間装着することを想定して造られるべきである、とはアスランの論だ。

 僅かな違和感であっても塵と積もることで、装着している内に痛みや炎症などを引き起こす恐れがある。


 四足歩行のルーク相手でも、一筋縄では作れなかったらしい。二足歩行で体も大きいファラエス相手では、より製作難度は増すのだろう。



「私、これ着けて祭典の日に踊れるかな?」


「踊る? ファラエス、それは何かの冗談ですか?」


 アスランは口をぽかんと開けた。


「ううん、本気だよ……一応。私ね、踊りの才能があるみたいなの! だから祭典の日に舞台で踊れたら……いいんだけど」


 期待と不安で口調が揺れ動く。ファラエスの才能は本物だ。努力次第で生き抜く力にだってしていける。


「む、無茶ですよ! 祭典で踊るなんてとんでもない。先ずは少しずつ慣らすところから始めるべきです。僕はてっきり、祭典の日に自分の足で歩いて回るのが目的かと……」


「大丈夫だよアスランお兄ちゃん。私、身体を動かすのには自信があるの! 踊りが上手なユルケのお墨付きなんだからっ。そうだよね、ユルケ」


 ファラエスに問われて、少し考えてしまった。



 アスランの懸念は至極もっともだ。あたしも強行するつもりはない。なによりもファラエスの気持ちを大事にしたい。


 辛い試練になるだろうが、乗り越えた先の未来はきっと明るいと、あたしが信じてやらないでどうするのか。



 ――シルクはそんなあたしの期待に応えて、立派に成長してくれた。ファラエスにだって、できるはずだ。


「無茶は承知してる。それでもあたしは、この子にやらせてあげたい」


「……そうですか。あなたが、ユルケさんだったのですね」


 アスランは、ユルケのことを人伝に聞いて知っていたかのような反応を示した。


「そういえば名乗り遅れた。昔は舞台で踊っていたこともある。踊りに関しては一家言あるつもりだ」


「分かりました。踊りはお勧めしませんが、義足は義足で作らせていただきます」


「アスランお兄ちゃんありがとう!」


「少し気が早いですが、どういたしまして。ファラエスにも、微調整する時にご協力願います」


「うん、協力するよ! へへへっ」


 一時はどうなることかと思ったが、アスランはファラエスの上機嫌に押されて、あるいは絆されてか、すっかり笑顔を浮かべている。


「ところであたしから一つ、要望がある」


「なんでしょう?」


 ファラエス用の義足を見せてもらってから、ずっと気になっていたことがある。






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