第21話
翌日の夕食後、ユルケとダルクは子供達を一堂に集めていた。皆で机と椅子を壁際に寄せてある。
開けた中央で踊りを披露する子供に、ダルクが手拍子を打ち鳴らす。
「悪くはないぞ。……よし、次だ」
前に出て踊り終えた子供の背を、ダルクが押して次の子を手招く。
ユルケが朝と昼に教えた踊りを、子供たちに一人ずつ披露してもらっていた。
今のところ完璧に踊れる子はいない。
ステップやターンなどを組み込んだ三十秒程度の比較的優しい踊りだが、リズム感が悪かったり振り付けを飛ばしていたりと、酷い様だ。
ユルケはダルクの相談を受けて、色々と考えを巡らせた結果、やはり自分には踊りしかないと思うに至っていた。
全員に教えるのは無理だが、一人に限定すれば間に合わせられるかもしれない。差し当たって、演目を歌と踊りのコラボにする。
そう考えての適性試験だが、これでは皆で歌わせていた方がまだ良いように思える。
「良かったぞ。まあそう落ち込むな、半日で覚えたにしては良く出来た方だ。次の子、お前で最後だな」
ダルクは悔しそうにする男の子を慰め、次の子を呼んだ。最年長の男子が恥ずかしそうに前に出て踊る。
彼のリズム感はそう悪いものではないが、ユルケのお眼鏡には適わない。
「こんなところですね。どうですか? 素質のありそうな子はいましたか?」
ダルクがユルケに聞く。その声色は結果を既に予見しているようで重かった。
「……皆んな短い期間で、よく練習してくれた。期間があればもっと上達すると思う。ただ、今回はその期間がほとんどないのが現状だ」
「そうですか……残念です」
ダルクに倣うように、子供達は疲れとは別の暗い面々を見せる。
ダルクは子供達に秘密にしているつもりのようだが、おそらくは勘付かれている。演劇の成果が、自分らの生活の質に直結していることを。
「ね! 私も踊りたい!」
ファラエスが片足を跳ねて前に出てきた。
誰がどう見ても戦力外だったから、安全を考慮して練習にも参加させていなかった。
ファラエスが踊る? 転んで頭でも打ったら大変だ。
「ファラエスは歌が上手だから、歌で活躍してほしい」
安定感のあるアルト調は伸びも響きも良く、煽てなしに歌唱班が似合っている。
しかし数秒後にユルケは、それが甚だしい思い違いであったと知らしめられる。
ファラエスは力を溜めるように軽くしゃがむと、大きく垂直に飛び跳ね、その足裏を天井へと向けた。
宙でぐるりと弧を描いて縦に大回転し、体操選手さながらの見事な着地を決めたのだ。
しかも床はフローリングだ、柔らかなマットじゃないんだぞ……。
「ファラエス! それは危険だからやめなさいと言ってあるだろ!?」
「えへへ、ごめんなさーい」
ダルクの叱咤に、けれどファラエスは反省の色を見せることはない。そのまま流れるように身体を器用に動かしていった。
ユルケが皆に教えた振り付けに適当なアレンジが加えられて、キレのあるその動きは、場の空気を完全に掌握していた。
――優美さを感じさせる踊りに、目が離せなくなっていた。
……身体の軸に線が一本入っている。綺麗なものだ。片脚とは思えない。――いや、逆か? 片脚でずっと生活してきたからこそ、誰よりも体幹とバランス感覚に優れているのか。
「どうかなユルケ、私の踊り!」
感想を述べるまでもなかった。
「あなた……いつ踊りの練習を? ずっと皆の練習を見ているばかりだったでしょ?」
「うん。ぶっつけ本番だよ? 皆んなの観て覚えたの」
観て覚えた? 振り付けというのは、身体を使って覚え込ませるものだ。それを……。
唖然としてしまった。あたしの考えが間違っていた。
ああ、天はどうしてファラエスから片脚を奪ってしまわれたのか。悔やまれるべき采配だな。
「ユルケ?」
あたしは堪らずファラエスを抱きしめていた。
「昨日した義足の話は覚えているでしょう。今一度真剣に考えてみてほしい。あなたの為に、そして、この施設で生活する皆んなの為にも」
「皆んなの為……私でいいの?」
子供達から巻き起こった拍手が、ユルケの答えを代弁する。
「どうかな?」
ユルケが合わせた視線を、真っ向から受けて首肯する。ファラエスの瞳は、生命力に満ち溢れていた。
ファラエスの才能があれば、片脚で踊らせても良い演技ができるだろう。
だけどもそれでは駄目なのだ。
片脚欠損の障害は、思う以上に他者の同情心を誘う。同情だけで寄付金が増えれば良いが、露骨な煽りとして受け止められれば、真逆の効果を生み兼ねない。
あくまで演技の目的は、寄付してくれる人たちの心証をいかに良くするか、にあるのだ。
義足を着けた踊りであれば、露骨な煽りとしてではなく、前向きに頑張っている姿勢として観ている者の心に届くはずだ。
どれも本人には聞かせたくない内容だが、ファラエスは賢くもあるようだから、気付いているかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます