第20話
子供達と昼食を済ませたユルケは、元駐車場に設置した遊具で遊ぶ気満々のファラエスを呼びとめた。
「ユルケどうして? 私ちゃんと皿洗いしたし、出された計算問題も解いたよ? 私も外でみんなと遊ばせてよ」
大きな部屋の隅で、ファラエスは甘えるように憤慨する。
「ええ、知ってる。ファラエスがとても良い子だってことはね」
「……じゃあ、なんなの?」
「あなたにとって嫌な話かもしれないけど、その脚のことで」
「ダルク院長から聞いてないの? 生まれ付きだよ。だから赤ちゃんの頃に捨てられたんだと思う……。もう昔の話だし、私は気にしてないよ。気にしたって意味ないもの」
十二歳の少女とは思えない程に達観していた。
ファラエスにこんなことを平然と言わせる世の中は、変えなければならない。
少なくとも、あたしの手の届く範囲では、変えていきたい。
「義足があった方が良いと思うんだけど、どうかな」
「……要らない」
ためらいを感じさせる拒絶だった。
「どうして?」
「義足ってお金たくさんかかるでしょ? 私はこの脚でいいよ」
「今はそれで良くても、あった方が良いと思える時がきっとくる。安く作ってくれそうな人がいるんだ。……無理にとは言わない、考えておいてほしい」
「…………うん、考えるだけなら。もう私行って良いよね?」
ふと、近くの窓から子供達の元気いっぱいに遊ぶ姿が見えた。
あの中で、真面目に将来を考えている子は何人いるんだろうか。
自分のことのように、漠然とした不安に駆られる。決して他人事ではない。この国を、世界を、担っていくのは、いつかのこうした子供達なのだから。
気付けばファラエスが、外のブランコで立ち漕ぎして遊んでいる。
この施設はたしかに子供を保護しているけれど、子供というのはただ育てば良いというものじゃない。
――シルクがそうだったように。
ユルケは芸能旅団のリーダーとして、色んな土地を訪れ、世に蔓延る醜悪なものを見てきた。
戦争、流行り病、居場所のない虐げられる子供達……。
あたしにできることと言えば、そんな彼らにささやかな娯楽を提供すること。そして、死期を漂わせている身寄りのない子供をたまに保護しては、旅団で働くことを覚えさせ、旅団でやってけそうにない子は比較的裕福な街で部屋と仕事を与えて野に放つ。
結局は、その子の生きる力が問われる。
その機会を一度だけ平等に与えてやるのが、旅団がしてやれる精々だった。
中でもシルクは自慢の子だ。あの子は天才と言って差し支えない。
生まれ持っての美貌に加え、忍耐力、学習意欲、運動神経、全ての面で優れている。
あたしよりも踊り子としての資質に恵まれていた。
だからだろう、成長したシルクに花形を譲り渡すのになんの未練も抱かなかった。
それどころか心から誇らしいと思った。
明日をも知らずに生きていた冴えない子供が、あたしの手を離れ、多くの観衆を魅了している。
これを喜ばずしていられるか。
シルクはあたしの下にいつまでも収まっていて良い器じゃない。だから一週間前に手放した。
そもそも人員不足や資金難などの悪材料が重なって、旅団が限界を迎えていたのもある。あたしも年齢的に第二の人生を送りたかったし、旅団の解散はちょうど良い頃合いに思えた。
シルクは逆境に強い子だ、少し突き放すくらいの方が、逆に成功する。
シルクにも部屋と仕事を手筈してあったのだが、解散を機に大喧嘩をして、伝える間もなく出て行ってしまった。だけど心配はしていない。
風の噂に聞くと、もう自力で二つの仕事を見つけているらしい。さすが、あたしの見込んだ子だけある。
内一つは単独での踊り子ショーだとか。直接観なくても、観客達がこぞって拍手する姿が目に浮かぶ。
シルク程とは言わないが、ここの子供達にも独立して生きる力が必要だ。
今はその大切な猶予期間で、なあなあで過ごさせて良い時間じゃない。
特にファラエスは、片脚欠損の不利な立場を跳ね除ける力を培わなければ、この先できっと立ち行かなくなる。
結婚できれば多少は安泰だろうが、結婚するのが先か破綻するのが先かなんて未来は、できれば背負わせたくない。
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