第17話
夕食を終えた子供達は、半数がベッドのある部屋に行って勉強か読書に勤しみ、残りは騒がしく室内を動き回っている。
元は服屋として作られたこの建物の一室は、五、六人の子供が追いかけっこをしても差し支えない程広々としていた。
「ユルケさん、すこしお話しいいですか?」
「はい」
部屋の隅で佇んでいたところ、白髪混じりの七三分けに手をやっているダルクに声をかけられた。
「来週この黄砂煩わしい街で、年に一度の祭典が開かれるのを、ご存知ですか?」
「それでしたら、あたしも何度か参加しました。たしか、豊穣を願って黄砂が減るよう祈るものですよね」
名目は形骸化しつつあって、飲めや騒げのどんちゃん騒ぎがメインのお祭りだ。屋台も多く出店して、夜には見事な花火が打ち上がる。
「一角に演劇を披露するステージが設けられて、子供達も毎年それに出させてもらっているのです。この演劇というのが下衆な話で、子供達には聞かせられないのですが……」
ダルクは部屋にいる子供達に聴こえないのを確認してから、声量を抑えて続けた。
要約すると。
ステージの観客席にこの孤児養護施設を支援してくださる人たちが集まって、健やかに成長する子供達を鑑賞するんだとか。
――言ってしまえば道楽だ。だがその道楽に、複数の救われる命がここにある。
ステージでの演技の質が、今後一年間のオカズが一品増えるか否かの命運を分ける。そう言ってしまえるほど、寄付金に差が出るんだそうだ。
ダルクは顔の皺を深くして、冴えない額を下に傾ける。
「恥ずかしながら私に芸という芸はなく、昔の歌を教えるのが精々でして……。年々寄付金が減っていくのは、頭の痛い話です。毎年同じ演目なのが良くないのでしょう、今年は何か変化がほしい……。ユルケさんなら、なにか良いアドバイスがあるのではと」
ユルケが今の職に就く前、それこそ芸能の舞台で花役を務めた経験がある。
ダルクには採用してもらって感謝している。ほとほと困った様子のダルクの悩みを、取り除いてあげたいと思う。
――ううん、違うな。
同じ職員として、あたしにはこの課題に取り組む責務がある。
けれども思いに反して、現実の厳しさに息が詰まりそうになる。
「来週、ですか」
「時間がないのは承知しています。それでも、何かないものですか」
歓迎会での子供達の歌声を思い出す。正直、観客に聞かせられる出来ではないと思う。
あたしの専門は踊りで、歌ではない。踊りなら教えられるけど、十二人の子供に揃った踊りをさせるのは……無理だ。時間的にも、そして物理的にも――。
ふと、さっきまで走り回っていたファラエスがこっちを見ていることに気付く。
ユルケは自然とその脚に目がいった。左足の膝から下に痛ましい空間がある。――欠損しているのだ。
「ユルケも一緒に遊ぼうよ」
声を弾ませたファラエスは全身を器用に使い、片足で大きく跳ねてやってくる。
「いいけど、あたしはどうすればいい?」
「大丈夫! 難しくないから」
ファラエスに手を引かれ、ユルケは戸惑いながらも追いかけっこの輪に加わった。
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