一家言ある孤児擁護職員

第16話

「日々の糧に感謝いたします。日々の糧に感謝いたします。……」


 ユルケは食べ物への感謝を唱えながら、机に用意された皿に次々とロールライ麦パンを載せていく。

 湯気の立ち昇るスープを前にして息を荒くする子供達が、今か今かと一挙手一投足を眺めてくる。


 スープはユルケのお手製だ。三十六歳の内、二十余年を旅してきた中で完成させた、インディカ米とレンズ豆を煮て作る自慢の一品だった。


 トマトペーストを味のベースとし、玉ねぎ、ニンニク、レモンも混ぜてある。隠しに入れた焦がしバターが、良い具合に食欲そそる香りを際立たせる。



 ――しかしこうジッと見られていると、垂れた灰色のローブの袖が食べ物に触れないよう、余計に気を遣ってしまうな。


 ユルケが十四人分の配膳を終えて空いている席につくと、老院長のダルクが祈りの構えで瞑目した。


「日々の糧に感謝を」


「「「日々の糧に感謝を」」」


 ワックスの剥げた木製の長机を二つ向かい合わせて作った食卓が、ガタガタと微震を始める。

 子供の下は六歳から上は十八歳まで、性別入り乱れる夕食会が幕を開けた。



「ユルケ、これ貰って」


 隣の席の女の子が、嬉しそうにロールライ麦パンを向けてくる。

 たしか十二歳になる……名前はファラエス。だったはず。


 この街では珍しい透き通るような金の長髪をしている。

 孤児の中で一番見目が整っていて、その瑞々しい童顔は、男や大人に好かれそうな可愛さがある。


「それはあなたのパンでしょう?」


「ユルケのこともっと歓迎したい。これから一緒に暮らそうって人の歓迎会がアレだと、全然物足りないの」


 ファラエスは若干呆れたように、不満な顔をみせた。



 あたしが兼ねてより興味のあったこの職に就いた昨日に、子供達によるささやかな歓迎会が行われた。


 ニュースペーパーを切り抜いて形作られた白黒の星やハートで飾られた室内で、元気の良い童謡を披露してもらった。

 音程はたまに外れるし、抑揚もてんでバラバラ。気持ちだけはありがたく受け取っておいた。


「あたしは十二分に受け取ったよ。これ以上受け取るのは贅沢になる」


 ユルケはファラエスの細い腕を、優しく押し返す。


 一人二つのロールライ麦パンは、主食とするには足りていない。

 付け合わせのスープは量多めだが、その実ほとんどが水分だし。家庭菜園で収穫した葉物のサラダも、似たような物だ。いや……うーん、こっちは味や品質にも問題があるな。


「ユルケは大人の女性って感じがする。この施設は貧乏だけど、それが嫌になって出ていったりしないでね」


 あたしの顔色をうかがう。ファラエスはどこか切な気だ。


「心配か? わかった、嫌にならないと誓う」


「……出て行かないでね」

「出ても行かない」


「でもユルケ、美人だからなぁ。料理も美味しいし」


 ここまで言葉を募っても、信用を得るに遠く及ばないようだ。

 美人や料理上手がどう関係してくるのか、ユルケには良く分からなかった。



 ここにいる子は大なり小なり、複雑な家庭環境を経ている。その何かがファラエスに物憂げな顔をさせているのだろう。

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