第14話

「一つお聞きしてもよろしいでしょうか」


「ええ、なんでも聞いて。でも聞いた結果、やっぱり不採用、だなんて冗談は受け付けないわよ?」


 冗句のつもりだったが、アスランの顔付きはかなり険しい。ふざけない方が良さそうな雰囲気だ。



「五年前に、この国で内戦があったのはご存知ですか?」


「もちろんよ。沈静化して少し経ってからだけど、私たち行ったもの」


「本当ですか!? そこでスロッドという男の名を、聞いたことはありませんか?」


 アスランの食い付きが凄い。距離感は変わらないのに、圧だけ増している。


「ごめんなさい、知らないわ。……誰なの?」


「僕の、兄です」


「お兄さんいたのね。でも五年も前だし、場所も場所――」



 シルクはハッとしたように慌てて口を固く結んだ。余計なことを言ってしまったと思った。


 場所によっては、本当に凄惨な光景だった。まるで蜂の大群が家々を食い破って通り過ぎて行ったかのような、銃痕の雨あられ。死体こそ片されていたが、血の跡が生々しく辺りに残っていたりして……。



「では最後に、これを見てください。何か思い当たることはありませんか?」


 アスランは冴えない動作で机の引き出しを開け、奥から透明なビニール袋に包まれた靴を取って見せた。

 右だけの片足。六歳くらいの男の子が履いてそうな、茶褐色のスニーカーだった。


 デザインはシンプルで、靴底には厚みがある。ゆとりのある広い先端、足の甲を覆う柔らかな布材、くるぶしが剥き出しになる構造は、着脱の容易さを物語る。


 色味が近くて分かり難いが、先端に液体が掛かったような跡がある。……血、かしら。



「似たような靴なら、見たことあるわ」


「いつ、どこでです!?」


 か、顔が近い。瞳が綺麗……。夜空を連想させるような、僅かな蒼を湛える黒の虹彩。


「同じじゃなくて、似てるのよ?」


「それでも構いません、教えてください」


 私が構うわ。喋り難いからすこし下がって欲しい。――あぁんもういいわ、私が下がるから。



「ユルケがね、散歩に出掛ける時に履く靴と似てると思ったの。大きさがそもそも違うし、よく見比べた訳じゃないけど……色合いとか形とか、そういう所が」


「そう、ですか。ユルケさんが」


 アスランは口元に手をやって、ぶつくさと言っている。

 私にはなんのことだかだけれど、アスランにとっては重要な情報だったみたい。


「他に聞きたいことはあるかしら」


「ユルケさんは今どちらに?」


「寝泊まりできる仕事場が決まるまで、どこかのホテルに滞在するって言ってたわ。名前は、忘れた。私あの時は怒り心頭で、それどころじゃなかったのよ。……役に立たなくて、ごめん」


「そんなことありませんよ。とても有意義な情報を戴きました。シルクさん、ありがとうございます」


 アスランの柔和な笑顔を、久々に見れた気がする。


「私も、ユルケとはまた話したいと思ってる。もし居場所が分かったら、アスランにも教えるわ」


「よろしくお願いします」

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