第9話

「それだけこの靴が大切で、なんども磨り潰すほど使い続けてきたのでしょう。――これは僕の持論になりますが、靴を大切にする人に悪い人はいません」


「驚いたわ。そこまで分かるものなの? ……あ」


 アスランの言っていた『お客様は素敵です。魅力がないということはないと思います』は、容姿だけでなく内面も含めてだったのではないか。

 ふと、そう思い至ると鼓動が高鳴った。ここまでナチュラルに内面を褒められたのは初めてで、受け止め方に戸惑ったのかもしれない。


「良ければ、詳しくお話を聴かせてください」


「そ、そうね。ただ座っているだけというのも退屈だものね」


 シルクは胸のドキドキを一旦忘れるよう努めて、ユルケや他の仲間の面々を頭に浮かべた。



「ステージの準備やお客さんにカンパを募って周る裏方役が二人、色んな楽器で色んな雰囲気のメロディーを奏でる演奏役が二人と歌唱役が一人、そして花形である踊り子の私。主にこの六人で旅団をやってきたわ。途中で抜けたり入ったりもあったけど、私が加入してからの十年間で、この六人はずっと一緒だった」


「僕が物心ついてから両親と一緒にいた期間より、長いです。羨ましいです」


 アスランの思わぬ切り返しに、シルクは悪いと思いながらもフフッと笑ってしまった。

 あまりにも己の不遇を平然と語るから、同情の言葉をかけるのも違う気がする。



 シルクは仲間と色んな場所を旅した際に、まともに親を知らない子供もたくさん目にしてきた。

 親の戦死、病死、子の人攫い、親に売られて奴隷扱いされて育った子供もいる。


 かく思うシルクも、貧困により親に捨てられた経緯を持っている。


 この世界は、まともに親を知らないからといって特別扱いを受けれるほど、甘くはない。

 けれど、それを陽気に語れるアスランは特別な者のように思えた。



「皆は家族も同然だったわ。特に裏方役で旅団のリーダーでもあるユルケは、母親兼姉御兼踊り子の先生をしてくれて、私はすごく愛情を感じてたの」


「お客様にとって掛け替えの無い方なのですね」


「ええ、もちろんよ。……なのに、資金難を理由に急に旅団を解散するって言い出したの。……それを聞いて愕然としたわ。結局、一番思い入れがあって毎回お金も稼げるこの街でラストステージをやることになった。それももう昨晩の話よ」


 思い返すと切なくなる。


 自分の居場所がこんなにも脆いものだったなんて、知りたくなかった。


「もう、踊られないんですか?」


 デリカシーの欠けた発言に、シルクはムッとした。

 なにも私は踊らないとは言ってない! 踊ろうと思えば、今ここでだって踊ってみせれる。



「……すみません、僕余計なことを言ってしまいましたね」


「いえ、いいのよ。私も睨んでしまって悪かったわ」


 悔しいけれど、咄嗟に口に出して言い返す勇気が持てなかった。だからって態度に出したりして、自分が恥ずかしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る