第8話

「修復と仰いますと、側面の傷のことでしょうか?」


「目敏くて助かるわ。それを目立たないよう綺麗にして欲しいのよ」


「畏まりました。この料金で如何でしょう?」


 シルクは机に記された修復料を見て、目を丸めた。


「安いわ! 本当にこれでいいの!?」


 何事もやってみるものだ。

 無駄足も覚悟していたが、良い意味での期待以上だった。嬉しい嬉しい! これで綺麗な靴でまた踊れる。


 ユルケから手渡された最後の給金は、この街でひと月暮らせる程度あるものの、節約できるに越したことはない。



「作業が終了するまで、お時間少々かかりますが」


「お邪魔じゃなければ、ここで待たせて貰ってもいいかしら? あ、別にあなたを疑っているわけじゃないわよ」


 盗みが平然と行われる世の中だけど、アスランは下賤なことをしない人間だと、不思議と思えてしまう。


「もちろんです。でしたら、そちらの椅子に腰掛けてお待ちください」


 アスランは、預かった靴を色んな角度から眺めだした。


「この傷、新しいですね。昨日今日ですか?」


「本当に目が良いのね。ええ、昨晩よ」


「失礼ですが、浮かない顔をしていらっしゃいます。もしよろしければ、お手隙の間この靴のお話を伺っても良いですか?」


 シルクはあっさりと見透かされたのが可笑しくて、軽く自嘲してしまう。

 ただ待つだけより、話していた方が気は楽だろうか。



「この靴は私が見習いの時からだから、もう十年になるわ。昨晩に、ずっと一緒にいた仲間に見限られたのよ、私。その時に、ちょっとね」


「見限られた、ですか」


 ――本当は違う。

 これは止むに止まれぬ金銭事情による決別。それでも私には見限られたも同然だ。


「私がもっと上手く踊れたら、もっとお客さんを魅了できたら、こうはなってなかった。私の魅力では足りていない……仲間にそう思われてしまったのよね」


 赤の他人に話してどうなるものでもないのに、自然と吐き出してしまいたくなる。

 アスランがもう会うことのない相手だと、心のどこかで割り切っているからかしら。


「お客様は素敵です。魅力がないということはないと思います」


「フフッ、ありがとう。みんなそう言ってくれるわ」


 商売柄聞き飽きた台詞だった、特に男性からは。


 アスランに悪気は無いのだろうけれど、結果的にステージで踊れなくなった私への皮肉に聞こえてしまう。


 私、卑屈になっているわ。良くないわね。



「僕は靴をみることで、持ち主のことがだいたい分かってしまうんです」


「へ~、靴の占い師って所かしら?」


「占い師と称されるほどではないですが。例えばそうですね、底の部分をなんども修復した跡が見受けられます。慣れない作業だったのか拙い箇所もありますが、段々と修復が上手くなった跡も見て取れます」


「指摘されると、こそばゆいわね」


 踊り子見習いだった頃の私は、この靴が唯一の拠り所だった。

 この靴があるから、私は旅団の一員だと実感できる。踊り子見習いでいられる。命よりも大切な、魂の救済を、この靴に託していたのだと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る