踊り子の理由

第7話

 広場はうっすらとした黄砂に覆われていた。


「どうして……ユルケは分かってくれないのよ」


 シルクは独り石階段の端に腰掛けて、深い溜息を吐いていた。


 昨晩の楽しかったステージが、どうしても頭から離れない。

 白いローブの下に隠した踊り子の衣装が、自分は今が一番輝いているのだと、そう教えてくれている。


 なのに……。五人の仲間たちは昨晩のステージの後、芸能の世界を捨て、どこかへ行ってしまった。

 仲間の奏でる陽気な音楽と歌声無しに、どうやってステージで踊れば良いというのか。

 裏方無しに、どうやってステージを用意すれば良いというのか。



「こんな有様になってしまうだなんて」


 踊り子を夢見てから十年間ずっと使ってきた靴に、細い指先が自然と伸びた。


 ヒールがフラットタイプのパンプスで、造りはしっかりとしている。鮮やかな青を基調とし、エニシダの花を模した金色の刺繍が美しい。

 だが残念なことに、左靴側面の一部に目立つ傷ができていた。


 昨晩のリーダーのユルケとの言い争いの末に、怒りのあまり靴を投げつけた。傷はその時にできたものだった。


 今後の生活のことは、まだ頭が回らない。だけどこの靴の傷は、早く直してあげたい。


 役所に相談したら、一等地にある靴専門の修復店を紹介された。料金を聴いて断念した。

 次点で教えてもらったのが、アスランという青年が主をやっている露店だった。なんでも、つい最近になって靴の修復も始めたのだとか。


 駄目元でも、この際構わない。足は重かったが、傷心しているだけよりマシだと思い、シルクは石階段から歩き出す。



「たしか、この通りの左手にあるって言ってたわよね」


 治安の悪い場所だと分かってはいた。通りを囲うレンガ造りの家々の質が、見るからに悪化していく。

 少し進んだだけで人気も減って、陰気な気配が増していった。



「あれ、かしら?」


 絨毯に机とすこし品のある椅子のある空間、その中央に青年が立っている。

 黒い短髪、口元に巻いたスカーフ。役所で聞いてきた特徴と合致する。


「あなたが靴磨きのアスラン?」


「ええ、僕がそのアスランです」


 スカーフをずらして見えたアスランの柔和な笑顔に、シルクは一先ず安堵した。


 ともすると十代に見えるけど、これで私と同じ二十代前半だというんだから、見た目だけでは人って分からないものよね。


「私は踊り子をやって各地を旅をしているの……いえ、ごめんなさい、今となってはしていたの間違いね。とにかく、踊る時に履く大切な靴の修復を頼みたいのよ。引き受けてもらえないかしら」


 シルクは履いていた靴を手に取って見せた。

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