第3話

 だが、マリクには懐に収めておけない何か思うところがあるようだった。


「俺様はな、もっともっと這い上がって、本当の意味でのこの街の栄光を掴み取ってやるんだ! アスラン、お前にはそういった野心はないのか? よく淡々と靴を磨くだけの日々を送れるな……詰まらなく思わないのか?」


 マリクは理解の及ばないものを見定めようとするかのように、小首を傾げて詰め寄ってきた。


「綺麗な女性とダンスを踊るような華々しさはありませんが、代わりに僕は、お客さんの履いている靴と対話することができるんです」


「靴と対話だあ? 正気で言ってんのか?」


「……靴の色や種類、汚れ具合、底の磨り減りから、その人の色んなことが分かってしまうんです。地味な仕事ではありますが、これでも楽しいですよ」


 アスランの涼し気な笑みに当てられてか、マリクの体からふっと力が抜けた。



「強がり、ってぇ訳じゃなさそうだな。靴と対話して楽しい? 俺様には理解ができんよ。んなら俺様の新しい靴と対話して、なにか分かるってのか?」


 人を小馬鹿にしたような態度を取るマリクだが、アスランは気にしない。


「はい、わかります。マリクさんが人一倍懸命に生きようとしている、努力家だということが」


 呆然と首を引っ込めたマリクは、目をしきりに瞬かせた。


 マリクという男は靴一つ取っても、質、料金ともに最適をせめる。靴以外でも、おそらく最善を見極めて身に付ける。

 これは妥協ではない。努力と呼ばず他にないだろう。



「足を交換させていただきます」

「お前、まさかとは思うが、俺の秘密を……」


 アスランは、マリクの呟くような声は聞かなかったことにして、太ももに乗せている足を右から左に丁重に置き替えていく。



「マリクさんは詰まらない仕事だと思っているようですが、僕がこの露店を畳んだら、マリクさんも困るんじゃないですか?」


「ハッ! 思い上がりも甚だしいぞアスラン。この店が消えたら、そうだな……一等地のビル群に店を構えてる靴専門の修復店に行くだけだ。受付は綺麗なネェちゃんだって言うし、靴に塗るクリームもふんだんに使うってうわさだ。縒(よ)れや傷も直してくれる、痒いところにも手が届くと評判だ」


 ただし格安で請け負うアスランと比べて、十倍以上の料金がかかると聞く。


 アスランのしたクリームの増量案を、金を理由に断ったマリクが、本気で言ったとは思えない台詞だった。

 しかもその靴は借り物ときたもんで、尚の事そこまで金をかける価値があるのか疑問が湧く。


「辛い現実ですが、僕がライバル店に勝るのは、料金くらいなものですね」


「俺様がアスランの店を贔屓にしてやってるのは、単に近場にあるから、だがな」


 暗にマリクは、料金は気にしていない、と言いたいのだろう。

 ここまで徹底されると、同性ながらも可愛げを感じてしまう。

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