第2話
「朝からお忙しそうで、羨ましい限りです。――準備できました。まずは右足から失礼します」
アスランは自分の太ももに麻布を被せ、端から伸びる紐を太ももに結んで縛りつけた。
マリクの座る前でその片膝をついて、麻布の上にマリクの右足を乗せる。
中々お目にかかれないモンクストラップという種類の革靴だった。
履いた後に足の甲の部分にある帯革を締めることで、脱げないように固定している。革靴は黒が主流のこの街で、まるで主役は自分だと言わんばかりの発色の良い茶色をしている。
鑑識眼のあるアスランには、一目で廉価な素材で造られた革靴だと見抜けた。口が滑っても言えないな、と心で苦笑う。
「また靴を新調されたのですね。ワックスの状態が真新しいです」
「パーティで一度身に着けたものは、二度は使えん。アスランには分からんだろうが、見ている奴は細かいところにも目を光らせてくるんだ!」
マリクはまるで不味いものを吐き出すみたいに、渋い顔をする。
「たしかに、僕には縁遠いようです」
アスランは、手揉み洗いしても落ない汚れの付いた自身のシャツを見下ろして、自嘲した。
「今日はクリーム多めに使いましょうか? ツヤが増してより高級感が出ますが」
「その分金もかかるのだろう? フンっ、その手には乗らん。いつも通りでやればい」
「畏まりました」
ブラシで靴表面の砂埃を取り除いてから、布につけた少量の乳化クリームを靴に着けて極限まで引き伸ばしていく。
本来であれば、間の工程で古いワックスを特殊なローションを使って落とすのだが、今回はその必要はないと判断して省いた。
浮いた僅かなローション分は、ちゃっかりアスランの利得となる。
「なあアスラン……お前の目で、俺様の姿はどう映る?」
いつになく低いトーンだった。
「マリクさんの姿、ですか?」
アスランが手を休めて顔をあげると、射抜くような真剣な眼差しと交わった。
華やかな世界に身を投じている者にしては、ケチくさいと思う。だけど、そのケチには同情すべき理由がある。
――マリクもまた貧乏人なのだ。
マリクは隠しているつもりのようだが、その革靴がレンタル店から借りた物であることを、アスランは気付いていた。
靴だけではない。色鮮やかな衣装も、黄金に輝く装飾品も、すべてが虚飾に塗れている。そして、これらはなにも今日に始まったことではない。
アスランが、マリクの選んだ金持ちの世界でやっていけないように、マリクもまた、アスランの選んだ貧困を恥じることのない世界ではやっていけない。
どちらが上とか下とかはない。互いに出来そうな役をこなして日々を生きている、それだけのこと。
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