19-02 ザ・グレート・コミュニケーター #2

 …………ガキィンッッッ!!!











「だぁれの、だれに、なぁぁぁぁに、してんの…………ッッ!?」




 群青色ネイビーブルー疾風はやて

 ビルを駆け下りて飛び出した色葉が僕の前に立ち、両手に構えたエクスカリバールをクロスさせ、鉄槌を頭上で受け止めていた。


「ばか、竜胆……っっ、はやく、下がれ……っっ!」


 歯を食いしばる色葉の言葉でようやく僕は我に返り、その場から飛び退いた。


「い、色葉……防御を……っっ!」

「いいから、バフは、この、ままで……!」


 作戦前に色葉にかけたバフは、マックスの風エレメント、速度強化。中途半端に防御力を強化しても戦車砲相手には無意味だろうと思ったし、そもそも彼女には無敵のロリィタ服がある。ひょっとしたら車と正面衝突したって、車を心配しなくちゃいけないかもしれない。


 でも、戦車悪鬼タンク・ゴブリンが秘めているエネルギーは車の何十台分って計算すればいいのか、見当もつかない。爆弾で計算した方が早いかもしれない。色葉がはいている、チョコレート色のスカラップシューズの周囲にめきめきと亀裂が走り、ぴしぴしと音を立てながら地面に沈み始めている。




 が。




「ずるいぞ!!!!!!!!!!」




 そこであまりにも場にそぐわない大声が、空から降ってきたかと思うと、戦車悪鬼タンク・ゴブリンの頭部にとりついた。スライ・スライだ。


「ずるい! ずるい! オレも! オレもやる! やりたい! ずるい、ずるいぞ! 変われ! 変われよぅ!! オレもやる、オレがやるの!」


 誕生日プレゼントのゲームを兄に先にクリアされかけている弟みたいな声で、ざくざく、ざくざく、ナイフを首回りのパイプに突き立てている。


「……否、否、否」


 蠅をはらうように片手でスライ・スライをはたき落とそうとする戦車悪鬼タンク・ゴブリン。けど、ゴキブリだって師匠と呼ぶに違いない速度と気持ち悪さでスライ・スライは体中を這い回り、的を絞らせない。その隙を見て、色葉が鉄槌の下から逃げ出す。


「どこ!? どこだ!? コックピットはどこ!? 変われ! 変われったら! ずるいぞ! ずるいったら! なんでだよう! ずるいだろう!」


 スライ・スライは胸の継ぎ目、肩間接、肘の内側、腹、股間、尻、ナイフを登山具みたいに、装甲の柔らかいところ、間接の可動部なんかに突き立てながら、すさまじい勢いで這いずり回る。


「……ま、基本から行って、みましょうか、大男は、関節を狙え……双暴撃そうぼうげきっっ!」


 色葉はスライ・スライの様子に少し笑いながら、そう言った。技名は放っておこう。技も名前もクソもなにもない、ただ思い切り振り上げた2本のバールを、思い切り振り下ろしただけだ。

 戦車悪鬼タンクゴブリンの、膝に。




 …………ぎぃぃぃぃんっっっ!




 戦車のときと同じような音が響き、エクスカリバールがはじかれる。けどその音は戦車のときと少しだけ違って、明らかに高かった。鉄よりもっと硬質で、もっと密度が高くて、重いなにかを叩いた音。




「うそでしょ……」




 エクスカリバールが、欠けている。




 元はただの鋳鉄製バールだけど、僕の改造モディファイ、強化を経て、これ一本と根気と筋力があれば、新品の軍用車でもくず鉄にできるぐらいの強度があるはずだ。それなのに、エクスカリバールのほうが攻撃されたかのように、今にもぽっきり折れてしまいそうに大きく、欠けている。


 色葉の戦闘能力はぶっ飛んでいるけれど、相手の強度はそれと同等、いや、ひょっとすると…………いやひょっとしなくても、レベル差がとんでもなさすぎる。僕の頭に逃走、の2文字がちらつき始めるけれど……


 ……首を振ってその考えを追い出す。




 逃げている間に、最低でも1人は死ぬ。




 スライ・スライをはたき落とそうとしている動きからも、この戦車悪鬼タンク・ゴブリンが巨体に似合わないスピードを持っていることはわかる。さらに鉄槌をよく見てみると、先端の中央部、柄の延長線上に穴が開いている。明らかに戦車の砲塔に似たそれから、なにかが発射されることを想定してたって考えすぎじゃないだろう。

 飛び道具を持ってる相手に背中を見せて逃げるのは、撃ち殺しチャレンジタイムを差し上げます、って言ってるのと同義だ。


「否、否、否」

「だからずるいぞ! さっきから! お前ばっかやってんじゃん! オレの番オレの番オレの番! 変われよぉ!」




「否……否…………否!」




「……あっぢっっ!」


 悪鬼戦車がひときわ重く、太い声を出すと、体中が赤熱し、間接から蒸気が噴き出した。最初の段階でなにかに気付いたらしいスライ・スライは、蒸気に巻き込まれることこそなかったものの、右腕にやけどを負ったようで、ふーふーとそこを吹いている。


「我は兵なり。我は無数なり」

「なに言ってんだ、ゴブリンだろ」

「我は悪鬼ゴブリンなり。故に無数なり」

「なんで? ゴブリンはゴブリン、1人が2人とか3人のわけないじゃん。ばか」

「我は無限なり。数多あまた悪鬼ゴブリンなり。我は永遠なり」

「……八神やがみ! こいつなに言ってんのかわかんねえ!」

「我は兵なり。悪鬼ゴブリンよ、我となり、兵となれ」

「……オレの番!? マジで!? お前良いやつだな!」

「死をもって王意に殉じ、再生をもって王志を満たせ」

「はぁ? オレの番じゃ……うおっ!」




 ごしゅううぅっっ!




 ジェット噴射のような加速を経て、横薙ぎの鉄槌がスライ・スライを襲う。スライ・スライはジャンプでそれを躱すも間一髪。ぢぢっ、と、鉄槌が靴にこすれる音が聞こえた。


悪鬼ゴブリンよ、死をもって兵となれ」

「ゴブリンはゴブリンだと言っておろうに!」

「死を以て兵となれ。死を以て兵となれ。死を以て兵となれ。」

御免被ごめんこうむる!」


 戦車悪鬼タンク・ゴブリンは相手を選ぶ基準があるのか、スライ・スライを鉄槌で追いかけ回す。クリーンヒットはしないものの、どれもやはり、紙一重。いつもは戦闘の最中でも余裕綽々、子どもが遊んでいるような喜びが表情のどこかにあるスライ・スライの顔も、どこか曇っている。僕たちの中で一番身軽ですばしっこい彼があの調子なら、全員が鉄槌の下敷きになるまで、そうそう時間はかからないだろう。






 けど、僕は焦っていなかった。

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